3.形容詞文へ 主要目次へ補説§3
§3.1 西尾寅弥『形容詞の意味・用法の記述的研究』から §3.2 益岡・田窪「格助詞」から §3.3 『文法の時間』:第三形容詞 §3.4 村木新次郎の論文から:第三形容詞 §3.5 「A−まる・める」など §3.6 『現代日本語文法』から形容詞の文型§3.1 西尾寅弥『形容詞の意味・用法の記述的研究』
形容詞に関する資料を紹介します。35年も前の本ですが、現代語の形容詞に関する、 最も基本的な研究だと思います。 西尾寅弥『形容詞の意味・用法の記述的研究』国立国語研究所 秀英出版1972 p.13 格支配の例 <相互的な属性の一方の項> (と)むつまじい、親密な、仲良しな、したしい、ちかしい、ねんごろな、 懇意な、心安い、疎遠な、うとうとしい、気まずい、対等な、互角な (と、に)無関係な、無縁な <位置・方向関係の一方の項> (と、に)平行な、垂直な (と、に、から)とおい、ちかい <比較の基準> (と、に)同じ、ひとしい、そっくりな、まぎらわしい (と)同一な、同類な、べつな、異質な、あべこべな、逆な、うらはらな、 反対な、正反対な <適・不適のよりどころ> (に)ふさわしい、適当な、適切な、似合わしい、似つかわしい、ぴったり な、かっこうな、不向きな、不似合いな、不適当な <対人的な態度> (に)やさしい、親切な、あまい、ていねいな、孝行な、忠義な、失礼な、 きびしい、いじわるな、つめたい、冷酷な、苛酷な、残酷な <ものごとに対する態度> (に)いっしょうけんめいな、ねっしんな、忠実な、夢中な、積極的な、消 極的な、不熱心な、冷淡な、不満な、反対な、批判的な、やかましい、 口やかましい、うるさい、むずかしい、神経質な、へいきな、無関心 な、無神経な、むとんじゃくな <対人的な感情> (に)はずかしい、やましい、すまない、もうしわけない、わるい <能力の発揮される対象> (に)つよい、よわい、するどい、にぶい、あかるい、くらい、くわしい、 うとい <材料> (で)いっぱいな <心が向かっていく対象> (が、を)ほしい、好きな、大好きな、きらいな、大きらいな、いやな <その他> (に、が)乏しい、篤い p.21 感情形容詞と属性形容詞 種々の環境において、形容詞が生起しうるかどうかをしらべてみた表を次にかかげ た。○をつけたものは筆者個人の内省においては生起しうると感じられるものであり、 空欄のものは生起しえない(のではないか)と感じられるものである。いろいろ問題の 点もあると思われるが、この章で述べようとしていることのあらましを簡便に視覚的に 示したいと思ってかかげることにした。形容詞の(1)〜(18)が感情形容詞で、(19)(20) だけが属性形容詞と考えたものの例である。感情形容詞のうち、(11)と(12)の間あたり を境として、上が感情を表すもの、したが感情を表すものの例としてある。 機 舛る 供 併笋蓮法舛ぁ覆澄法 話し手の感情・感覚 掘,△覆拭燭△凌佑蓮舛ぁ覆澄法 第二(三)人称者の感情(覚) 検,△覆拭燭△凌佑蓮舛修Δ澄 感情(覚)の表れた様子 后 秣仂檗瓮皀痢笋〜い(だ) 此 秣仂檗畤諭笋〜い(だ) 察 秣仂檗瓮灰函笋〜い(だ) 次 舛ぁ覆福砲海函稙睛董 宗 秣仂檗瓮皀痢笋〜い(だ) 勝 舛て(で)たまらない 機´供´掘´検´后´此´察´次´宗´ 1 うれしい ○ ○ ○ ○ ○ ○ 2 かなしい ○ ○ ○ ○ ○ ○ 3 いやな ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 4 にくい ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 5 いとしい ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 6 なつかしい ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 7 おしい ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 8 すきな ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 9 ほしい ○ ○ ○ ○ ○ ○ 10 つらい ○ ○ ○ ○ ○ ○ 11 くるしい ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 12 いたい ○ ○ ○ ○ ○ 13 かゆい ○ ○ ○ ○ ○ 14 だるい ○ ○ ○ ○ 15 けむたい ○ ○ ○ ○ ○ 16 まぶしい ○ ○ ○ ○ ○ 17 ねむい ○ ○ ○ 18 ねむたい ○ ○ ○ ○ 19 重宝な ○ / / / / / / 20 きたない ○ / / / / / / (p.21-23) 「〜がる」 接尾語「〜がる」は、人間が、形容詞の表している内的な気持ちや状態にあることを 外的な態度・言動などに示すことを意味するものといえよう。したがって、「〜がる」 は、人間の内的な気持ちや状態を表す形容詞にはつき、そうでない形容詞にはつかない (つきにくい)のであろう。 意味上の区別と、「〜がる」がつくかつかないかという区別とは、かなりよく対応し ているようであるが、問題なく対応しているとはいえない部分もある。それを、いくつ かの項目にあげてみよう。 (1)「つよがる」「あたらしがる」「いきがる」など 「つよい」「あたらしい」は感情を表わす語ではないのに「〜がる」がつく。 (p.24) えらい:えらがる 粋な:粋がる 高尚な:高尚がる 初心:初心がる (用例略) これらの「〜がる」は形容詞が表わしているようすを自分が所有しているふりをす る、そのことを誇示する、のような意味であって「うれしがる」「痛がる」などの「〜 がる」とは区別して考えうるものである。(「〜ぶる」にやや意味が近い。) (2)「きたない」「重宝な」「おめでたい」「厄介な」など (用例略) これらの語は、人間の感情ではなく、対象の属性を表わす形容詞だと考えられる。 わたしはきたない(重宝だ、おめでたい、厄介だ) という文は、 わたしはうれしい。 という文のように、「わたし」の感情を表現する文としては成り立たない。しかし、こ れらの形容詞は「大きい」「白い」「遠い」のような語にくらべると主観的な色合いの つよい意味をもっているとはいえるであろう。そして、「〜がる」がつくことを基準と して重視するならば、感情形容詞的な側面をもっているともいえるであろう。 (p.25) (3)「すきな」「きらいな」 この2語は感情を表わすものと思われるけれども、「〜がる」はつかない。その理由 を憶測すると、一つは語構成上、これらは「すく」「きらう」という動詞の連用形に由 来するものであり、これらの動詞も現に使われているために、「〜がる」をつけて動詞 化する必要があまりないのではないか、ということである。 もう一つ、「すきな」「きらいな」などは好悪の感情を表わすものであるが、ふつう 持続的な感情である点で、他の多くの感情形容詞と違う特色がある。§3.2 益岡・田窪「格助詞」から
『セルフ・マスターシリーズ3 格助詞』(1987) 対象を「ニ」で表す形容詞の類型 1)対人的態度を表すもの 優しい、親切だ、冷たい、意地悪だ、従順だ、冷淡だ 2)物事に対する態度を表すもの 無関心だ、敏感だ、熱心だ、むとんちゃくだ、乗り気だ、慎重だ、懐疑的だ、 うるさい、辛い、細かい、正確だ、積極的だ、消極的だ 3)対人的または物事に対する態度を表すもの 甘い、厳しい、批判的だ、忠実だ、満足だ、不満だ、賛成だ、不賛成だ、反 対だ、夢中だ 4)対人的感情を表すもの 申し訳ない、面目ない、悪い、すまない 5)能力を表すもの 強い、弱い、もろい、巧みだ、堪能だ、不案内だ、明るい、暗い、詳しい、 うとい、 6)必要性や有効性を表すもの 必要だ、いりようだ、有意義だ、不可欠だ、欠かせない、不必要だ、便利だ、 不便だ、好都合だ、不都合だ、有利だ、不利だ、有効だ、有益だ、よい、悪い 7)適・不適の意味を表すもの ふさわしい、不似合いだ、不向きだ 8)その他 乏しい、特有だ、共通だ (p.24) ▽このリストは、あくまでも「対象」として「ニ格」をとる形容詞の分類です。 これらの他にも「ニ格」をとる形容詞は存在します。それらを、益岡たちはどう 位置づけるのでしょうか。 その一つは「等しい」などの相互的な意味のもの。それはこの「格助詞」の本では 少し後で扱われています。 それから、「近い」のような距離の基準となるニ格のもの。これはこの本にありません。 もしかすると、「対象」ということばを広く解釈して、「対象」に入れてしまうのでしょうか。 西尾寅弥は<位置・方向関係の一方の項>としています。 もう一つ、 この問題は私には難しい。 のようなニ格。(なぜか「には」の形の方が安定します。)これは西尾も扱っていません。 「概説」本文(3.6.2)では、[基準]の中の「主観的評価の基準(にとって)」の 「可能性・難易」という、よく分からない位置づけにしてあります。同じところに「不適 合」(この服は私には少し大きい/派手だ)を並べてあります。 益岡・田窪は、このようなニ格をどう位置づけるのでしょうか。 ▽以下は「概説」の「3.6.2 Nに」から [基準] これも、何についての基準かによっていくつかに分けられます。 ・比較の基準 これに 等しい/そっくりだ (これと) 「Nと」で置き換えることができますが、「Nと」とは違って比較の仕方が相互的 ではありません。(すぐ後の「Nと」を見てください) 「Nに」の名詞が基準にな っていて、「Nは」の名詞がどうであるかを述べています。 息子は父親にそっくりです。 君の答えは正解に近いが、少し違う。 ・主観的評価の基準(にとって) 可能性・難易 これは私には 無理だ/難しい/不可能だ/やさしい 不適合 この服は私には少し 大きい/そでが長い/派手だ 「Nには」となりやすいのが特徴です。最後の例の「そでが」は「部分」です。 「不適合」のほうはかなり多くの形容詞があてはまりそうです。 適切さ この仕事は君に ぴったりだ/ふさわしい/適当だ 「君はこの仕事に」「この仕事は君に」のどちらも可能です。「Nには」としなくて も安定します。 必要性 彼女はこの仕事に 必要だ/大切だ/不可欠だ ・距離・位置の基準(に対して) 駅に近い(駅から/と) 地面に垂直だ 後の「Nから」も見てください。 ▽この分類が何によるのかは覚えていません。 いろいろ考え直さなくてはいけませんが、まずは問題提起だけ。§3.3 『文法の時間』:第三形容詞
村田美穂子編『文法の時間』至文堂 2005 から 2-1 名詞らしい名詞 「,匹鵑塀詞でも添えることができる」「⊇動詞が添えられて述語になる」とい う2点を完全に満たす名詞が、名詞らしい名詞である。 (以下略) 2-2 名詞らしくない名詞 では、国語辞典には名詞と表示されている「在来」「無人」「良性」、また「ありきたり」 「ずぶ濡れ」「粒より」などはどうか。 前者は「在来種」「無人島」「良性腫瘍」など名詞の一部になることが多く、「在来が」 「無人を」のような用法が考えにくい。そして、「在来種」「無人島」「良性腫瘍」が、実 は「在来の主」「無人の島」「良性の腫瘍」、つまり連体助詞の「の」にもう一つ別の名詞を 伴った 構造になっていることも特徴である。「在来」「無人」「良性」などは、名詞には違いないの だが、「名詞+の+名詞」の形以外では用いられにくい点で、,らは外れている。 後者は「ありきたり××」「ずぶ濡れ××」「粒より××」という名詞を作りにくい。 「ありきたりの××」「ずぶ濡れの××」「粒よりの××」のように、常に連体助詞の「の」 と別の名詞と一緒に用いられる。 「純白」「究極」などは、「純白がまぶしい」「究極を求める」のような用法が考えられる が、これらの文は「純金がまぶしい」とか「最高級品を求める」と同じではない。「純白がま ぶしい」は、実は「純白のものがまぶしい」ことであり、「究極を求める」は「究極の状態を 求める」ことだからである。この仲間には、常に連体修飾語とともに用いられる形式名詞 もある。 これらは、△療世任鰐昌譴蕕靴ぬ昌譴汎韻犬世、,鯔たしていない。そのため、 「名詞らしい名詞」とは区別して「名詞らしくない名詞」と呼んだほうがよいだろう。しか し、名詞には違いないので、連体助詞の「の」とともに用いられる「ノ名詞」と名づけるこ ともできる。 ===== ===== ===== [13.名詞?形容詞?] 「名詞らしくない名詞」は、「第三形容詞」「ノ形容詞」などと呼ばれて名詞と区別されて いる。「が」「を」という形になりにくく、用法が連体修飾語を作る「××の+名詞」とい う形に偏っていることから、名詞ではなく形容詞と考える考え方である。 「第三形容詞」とは、イ形容詞を「第一形容詞」、ナ形容詞(形容動詞)を「第二形容詞」と 呼ぶときの呼び方である。 (p.98-99) ▽最後の[13.〜]というのは、同書の「コラム」です。ここで「ノ形容詞」という呼び方 を紹介するのなら、その上の「ノ名詞」あるいは「名詞らしくない名詞」ということ ばは要らないのじゃないかと思います。 それはともかく、「第三形容詞/ノ形容詞」という新しい考え方を紹介しているとい う点で、一歩進んだ文法テキストです。 「概説」でも紹介したいと思いながら、書けなかった項目です。§3.4 村木新次郎の論文から:第三形容詞
第三形容詞論を積極的に展開している村木新次郎の論文から抜き書きします。村木の論文は、 いつも例がたくさん挙げられていて、説得力があります。かなり長く引用します。村木新次郎「「がらあき−」「ひとかど−」は名詞か、形容詞か」
『国語学研究』39 東北大学 日本語の文法において、一般に、「XのN(=名詞)」という構造の中にあらわれる単語Xは、名 詞と理解され、「Xの」は名詞の連体修飾形としてあつかわれるのが普通である。しかし、この構造 にあらわれるすべてのXがはたして名詞といえるのかどうかという疑問が小稿の出発点である。 本稿でしめそうとすることは、「X」には、少なくとも二種類の異なる文法的性質を有する語群が 認められ、一方はたしかに名詞であるが、他方は名詞よりはむしろ形容詞として位置づけられてよい という提案である。 p.(1) 日本語の名詞と形容詞との間には、統語的機能の点で次のような差異がみとめられる。まず、名詞 は文中で補語になることがもっとも重要なはたらきであり、その機能をはたすために、「−が/−を /−に」といった格助辞をしたがえるという形態的特徴をそなえている。日本語の名詞は統語的機能 にもとづく格の体系をそなえている。ある単語が名詞であるための条件は、なによりもこの格の体系 をもつことである。 p.(1)-(2) 名詞と形容詞に属している単語群の統語的機能である連用・連体・述語形式を整理してみると以下 の表がえられる。 連用形式 連体形式 述語形式 例 −が(−を) −に −く −の −な −い −だ −い (1) + + − + − − + − りんご− 机− 遊び− (2) + + − + + − + − 健康− 自由− 親切− (3) + + + + − + + + 丸− 四角− 茶色− (4) − + − + − − + − 大荒れ− 上々− がらあき− (5) − + − + + − + − わずか− 特別− さまざま− (6) − + − − + − + − しずか− おだやか− 立派− (7) − − + − + + + + 暖か− 柔らか− 細か− (8) − − + − + + − + 大き− 小さ− おかし− (9) − − + − − + − + 長− 高− かた− p.(3) この表で、(1)が名詞の、(9)が形容詞の典型である。また、(6)は、いわゆる形容動詞で、これは連 体・連用・述語形式で[−に、−な、−だ]の語形変化のシステムをもち、狭義の形容詞の[−く、 −い、−い]と異なるが、統語的機能と形態論的なカテゴリーが共通している。すなわち、両者の違 いは語形だけであり、これは動詞における一段動詞と五段動詞の活用の違いに相当するものである。 両者は文法的な特徴が共通しているので、同一の品詞に属するものとするのはまったく妥当な扱いで ある。狭義の形容詞を第一形容詞、いわゆる形容動詞を第二形容詞とよぶ。 (8)は第一形容詞と第二形容詞の連体形式に、(7)は、第一形容詞と第二形容詞の連体形式と述語形 式にかさなりが、それぞれみられるものである。(5)は、連体形式に「−の」のかたちを許容する 第二形容詞の変種である。 (2)と(3)は、格の体系をもつゆえに名詞の資格をそなえており、かつ「とても」「もっと」といっ た程度副詞をはじめ連用成分をうけるという形容詞の特徴をもっている。(2)は名詞と第二形容詞の かさなりであり、(3)は名詞と第一形容詞のかさなりである。 さて、残された(4)は格の体系を欠いていて名詞とはいえない。これらは名詞に特徴的な補語にな る資格をもたない。ここに所属する単語は形容詞の統語的な特徴と一致し、規定語の用法は「どんな」 に対応する属性規定である。形態的には、連用と述語用法で第二形容詞と共通するので、これらを第 二形容詞の変種とするあつかいも考えられるが、連体形式の異なりを重視し、このようなタイプの形 容詞を(9)や(6)と区別して第三形容詞と位置づけたい。 (中略) 以上の単語を文法的に大きく分類すると、(1)は格の体系をもち、名詞であり、(4)〜(9)はそれをも たず、形容詞に属する。(2)と(3)は名詞と形容詞の両者の性質をあわせもつ単語群である。こうして 日本語の形容詞は、語形変化のシステムによって、少なくとも、第一、第二、第三形容詞と3種にわ けられる。 p.(4) 小稿で「第三形容詞」に位置づけようとする単語群はかなりの数にのぼるものであり、形容詞の特 殊例とするべきではない。多くの辞書では、このような単語を名詞あつかいしている。多くの辞書では、 このような単語を名詞あつかいしている。『岩波国語辞典(第五版)』(岩波書店)と『現代国語例解辞典 (第二版)』(小学館)を調査してみたところ、両辞典とも名詞としてあつかっているものに次のような単 語がある(ごく一部をしめしたものである)。ちなみに、これらの単語の用例には、規定語の用法があが っているのが普通である。以下のリストで例示した句例は辞書からとったものである。 深紅(のバラ)、細面、一流(の学者)、だんとつ(の一位)、指折り(の人物)、 ぴか一(の美人)、極上(の酒)、とびきり(の品)、ひとかど(の人物)、常套、 在来(の方式)、仮(の処置)、仮性、迫真(の演技)、真(の学者)、本物(の 武士)、まやかし、がらんどう(の家)、空洞、がら空き(の電車)、高速、きわ めつき(の演技)、てづくり(の味)、すしづめ(の電車)、しりあがり、鰻のぼ り(の出世)、よこなぐり(の雨)、おしきせ(の社内旅行)、物笑い(の種)、 丸腰(の警官)、見ず知らず(の人)、底無し(の沼)、不治(の病)、無人(の 部屋)、未曾有(の大事件) ここにあげた単語は、辞書で名詞あつかいされてはいるが、補語としての用法、すなわち、「−が 」や「−を」をしたがえて主語や目的語になることは普通ないものとおもわれる。もしそうだとした ら、これらは名詞の主要な機能である補語になる資格を欠いているので、名詞とはみとめられないこ とになる。このような単語が名詞としてあつかわれてきたのは、「−の」をしたがえるという形態上 の特徴によったものと考えられる。しかし、[−の」をしたがえて連体機能をはたすということは、 名詞にとって本質的な特徴ではなく、名詞が規定語としてはたらく二次的副次的機能の特徴である。 p.(5) 第三形容詞に位置づけられると思われるものを採集してみると、それらの単語群に合成語が目だつ ことには4でふれた。以下には、合成語を構成する要素の接辞・語基、動詞性・形容詞性などの特徴 、否定・数量など意味にかかわる特徴などいくつかの点から整理して例示してみる。 p.(6)-(7) 第三形容詞性接辞を後要素にもつもの 主として名詞性語基につく −みどろ −まみれ 汗− 血− 泥− −だらけ 隙間だらけの部屋 破れ穴だらけの蜘蛛の巣 間違いだらけの答 ほこりだらけの机 −ずくめ 規則ずくめの学園 異例ずくめの人事 黒ずくめの服装 いいことずくめの話 形容詞性語基 −め 太めの体格 厚めの本 大きめの箱 広めの会場 早めの到着 動詞性語基 −ぎみ やけぎみの行動 お疲れ気味のОL うつ向き気味の女の子 風邪ぎみの体 (p.(7)の例を整理) 漢語系の接辞 名詞成分を形容詞化 −風 やくざ風の(男) −様 ゴシック様の(塔) −状 紐状の(野菜) 「−式、−系、−用」にも同様の性質があるが、これらは名詞と形容詞の両方にまたがる用法を持つ 「−放題」もこの種の接辞とみられる 動詞性の語基にひろくつく 荒れ放題の(土地) 食い放題の(店) なぐられ放題 言いたい放題 語基とも接辞とも考えられるような形式が合成語の後要素として 二十歳そこそこの(女の子) 現役ばりばりの(刑事) 天井すれすれの(ところ) 汗びっしょりの(額) ストレスいっぱいの(サラリーマン) 動詞性の語基(接辞)を後要素にもつもの 固定的な合成語 山積みの(仕事) 用済みの(書類) がらすきの(電車) 通りがかりの(人間) 八つあたりの(気分) 命がけの(仕事) 生産力をもった形式「−がち」「−たて」「−つき」「−まじり」 遅れがちの(時計) 生まれたての(子供) 条件つきの(認可) ため息まじりの(問い) 合成語が固定的なものかそうでないかは程度の問題 庭つきの(家)・柄つきの(ブラシ) 折り紙つきの(悪) より固定的 生産性のたかいもののうちでアスペクトがらみのもの 始動相 使いかけの(石鹸) 飲みかけの(茶) 編みかけの(セーター) 炊きたての(飯) 就職したての(社員) とれたての(蟹) 生まれたての(赤ちゃん) 持続相 つけっぱなしの(ラジオ) 置きっぱなしの(本) 走行中の(車) 習慣相あるいは多回相 行きつけの(店) かかりつけの(医院) 完了相 用済みの(書類) 大学卒の(女性) 中断相とでもよんでよいもの 吸いさしの(たばこ) 時空間を特徴づける成分を前置できる性質 何時間もつけっぱなしのラジオ 机に置きっぱなしの本 高速道路を走行中の車 動詞の形容詞的な用法として動詞と形容詞の中間物(分詞)のあつかいをしておくのがよいと 思われる 筋金入りの(共産主義者) 会社帰りの(サラリーマン) 五年越しの(恋) 洗いざらしの(ズボン) 手づくりの(かご) くくりつけの(棚) ぎゅうぎゅうづめの(電車) 子供連れの(主婦) 調子っぱずれの(歌声) 的はずれの(質問) ガラス張りの(壁) やくざまがいの(不動産屋) 腹立ちまぎれの(口論) ひやかし混じりの(反論) 雪まじりの(風) 若むきの(スタイル) 型破りの/な(人間) 鰻登りの(景気) 横なぐりの(雨) 6畳敷きの(和室) 出まかせの(世辞) 筒抜けの(情報) 底抜けの(明るさ) 寄せ集めの(集団) 着流しの(年配客) 肌ぬぎの(男) ひとかかえの(ビニール袋) 通りすがりの(少年) 半開き/片開き/両開きの(ドア) 物笑いの(タネ) 剥き出しの(便器) 動詞性語基の重複形およびその変形 同一の動詞語基のくりかえし 見え見えの(こと) 離れ離れの(人生) 押せ押せの(ムード) 同一の動詞の能動語基と受動語基のくみあわせ 持ちつ持たれつの(間柄) 追いつ追われつの(レース) 類似した意味の固定的なくみあわせ 至れり尽くせりの(サービス) 願ったり叶ったりの(事態) 似たり寄ったりの(状況) 押しあいへしあいの(大騒ぎ) 破れかぶれの(行動) 慣用的な用法だが動詞の性質をとどめる 息も絶え絶えの(状態) 連用成分「息も」 動詞性語基を前要素にもつもの 要注意の(人物) 没論理の(理論展開) 中国語の文法を引きずっていて、名詞性成分に前置され、全体で広義の形容詞となっている。 形容詞性の語基を後要素にもつもの 横長の(看板) 幅広の(机) 極細/極太の(ボールペン) 極薄の(マットレス) 実物大の(写真) 幅広の:幅広い 形容詞性の語基を前要素にもつもの 丸腰の(警官) 強腰の(態度) 丸首の(シャツ) 太っ腹の(社長) 「おお-」「こ-」などの接頭辞をもつもの 大口/小口の(注文) 小太りの(身体) 否定形式をふくむもの 後要素 手付かずの(土地) どっちつかずの(態度) 見ず知らずの(お嬢さん) あたらずさわらずの(答弁) 付かず離れずの(おつきあい) ろくでなしの(亭主) 底なしの(沼) 名無しの(権兵衛) 文句なしの(できばえ) 理屈抜きの(感情) 前要素 無塩の(醤油) 無類の(お人好し) 無人の(部屋) 無名の(ひと) 正体不明の(しみ) 不治の(病) 不眠の(看病) 不即不離の(関係) 未曾有の(不景気) 没交渉の(生活) 「一」「半」など数量に関する形式をふくむもの ひとかかえの(荷物) ひとりきりの(世界) ひととおりの(儀式) 一抹の(落胆) 一介の(研究者) 唯一の(可能性) 半白の(髪) 教養たっぶりの(生活) ストレスいっぱいの(現代人) ▽ずいぶん長く村木論文の紹介をしました。第三形容詞の例を多く出したかったためです。 なぜ複合語が多いのか、というのが一つの疑問で、興味深い問題です。 第三形容詞の問題を手掛かりに、名詞とは何か、形容詞とは何か、という問題をもう一度考え直す 必要があります。§3.5 「A−まる・める」など
「概説」の本文のどこかで「−まる・める」についてふれたような気がするのですが、探しても 見つかりません。ここにかんたんなまとめを書いておきます。 1 形容詞語幹+マル/メル うす・い うすまる/うすめる かた・い かたまる/かためる たか・い たかまる/たかめる つよ・い つよまる/つよめる はや・い はやまる/はやめる ひく・い ひくまる/ひくめる ひろ・い ひろまる/ひろめる (ひろがる) ふか・い ふかまる/ふかめる ほそ・い ほそまる/ほそめる まる・い まるまる/まるめる よわ・い よわまる/よわめる きよ・い きよまる/きよめる ぬく・い ぬくまる/ぬくめる しずか・な(ナ形容詞) しずまる/しずめる 2 +メルのみ あか・い あかめる いた・い いためる くるし・い くるしめる 3 語幹とは違う形につく あたたか・い あたたまる/あたためる せま・い せばまる/せばめる 4 +ガル ひろ・い ひろがる(ひろまる) 5 その他 あか・い あからめる やわらか・い やわらぐ/やわらげる 6 形容詞と関連動詞 おそい おくれる/おくらせる たのしい たのしむ/たのしませる ▽「4.動詞文」の「4.4.4 「−まる/める」」に少し書いてあるのを見付けました。 やはり索引を作っておかないといけないようです。§3.6 『現代日本語文法2 格と構文』から形容詞の文型
『現代日本語文法2 格と構文 ヴォイス』くろしお出版 2009 「第1章 格と構文の概観」 第1節 格 名詞と述語とのあいだに成り立つ意味関係を表す文法的手段を格という。これらの 意味関係は、名詞につく格助詞によって表される。 (p.4) 第2節 文型 述語にとって必須の名詞がとる格の組み合わせを文型という。 (p.13)形容詞の文型 (p.20-22)
1項形容詞 [が]文型 基本型:赤い、浅い、熱い、危ない、荒い、 (以下略) 2項形容詞 [が、が]文型 対象明示型:うれしい、悲しい、楽しい、さびしい、など/嫌いな、好きな、 正確な、得意な、苦手な、不快な、など [が、に]文型 1)対象限定型:甘い、うるさい、厳しい、強い、優しい、弱い、など/熱心な、 不満な、夢中な、無力な、など (に対して) 2)領域限定型:多い、少ない、乏しい、など/不可欠な、不適当な、不向きな、 有益な、有利な、など (において、にとって) 3)基準明示型:近い、等しい、など [が、から]文型 起点明示型:近い、遠い、など [が、と]文型 相手明示型:親しい、近い、そっくりだ、無関係だ、など ▽形容詞の文型には特に指摘するような点は気づきませんが、「名詞述語の文型」が ないことが残念です。 [が、と]文型というのはあるんじゃないかと思います。 私は彼と知り合い/同級生/ともだち/同郷 だ。 これを文型と認めない理由が何かあるのでしょうか。 3.形容詞文へ 主要目次へ