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     23. テ ン ス

          23.1 日本語の時の表現について           23.2 名詞文                         23.3 形容詞文                        23.4 動詞文               23.5 物語の中のテンス 補説§23

23.1 日本語の時の表現について

 これから、日本語の時の表現について少し長く述べて行きます。どこの言語 でも、時の表現は複雑なようです。日本語でもいろいろなところに時間に関係 する表現が現われます。  日本語の文は基本的な構造は、「補語+(修飾語+)述語」であるということ を「はじめに」で述べました。そのそれぞれが時の表現に関係があります。  まず、述語は当然です。述語となる単語それぞれが固有の時間的性質を持っ ていますし、活用形として、基本的な対立である「現在形:過去形」という対 を必ず持っています。そのほか、動詞には次の「24.アスペクト」でとりあげ るさまざまな形式があって、時間に関するさまざまな内容を表し分けます。  補語では、「時を表す助詞」について多少くわしく見ました。「おととい・ 来年」などの名詞も重要です。動作を表す名詞で、「食事」は時間の長さがあ るけれども「開始」は瞬間的なことだという違いも、他の成分に影響します。 (→「5.4 時を示すNのN」)  修飾語では、「時の副詞」がありますし、数量表現の中に「三時間・2ヶ月」 などの時間の量を表す言い方があります。また、「−前・後」などの接辞(三 分前・二年後)、「−中」(留学中)のような特殊なものもあります。  複文の中にも、単文の補語や修飾語に対応するような時に関する表現があり ます。(→「48. 時を表す節」)  以上のさまざまな表現が有機的な関連をもちながら、全体として日本語の時 の表現を形作っているのです。  さて、これからしばらく述語の時間の表現を考えます。二つの観点から見て 行きます。「テンス」と「アスペクト」です。まずは「テンス」から。

[テンス]

 テンスとは、述語の、いわゆる「過去」「現在」「未来」の表わし方の違い を言います。「時制」あるいはかんたんに「時」と言うこともありますが、こ こでは「テンス」を使います。「時制」というのは何となく好きなことばでは ないということと、「時」では一般的な意味での「時」と混乱しそうなので、 あえてカタカナ語を使います。もちろん、英語の「Tense」から来た外来語です。  話し手が話しているその時(発話時)が「現在」で、それより前が「過去」で す。  日本語では「未来」を表すための特別な形はありませんので、テンスに関す る述語の形は二つしかありません。「現在」を表す形で未来のことも表します。 それを「現在形」と呼ぶのは適当ではありませんが、「現在未来形」というの も長過ぎるので、その省略形という気持ちで「現在形」と呼ぶことにします。  「非過去形」「未完了形」などと呼ばれることもあります。後で述べるよう に、テンスの対立という観点からは、「非過去形」と言うのがいちばんいいよ うに思いますが、あまり一般的な言い方でないのでやめておきます。  否定の形やその他の複合述語の多くにもこの現在形・過去形の対立がありま す。対立のないのは、例えば、テンスより外側のムードである命令・依頼・意 志の表現などです。      現 在 形          過 去 形        読む    学生だ     読んだ    学生だった         読みます  学生です    読みました  学生でした         読まない  学生ではない  読まなかった 学生ではなかった      読んでいる 学生らしい  読んでいた  学生らしかった       読ませる  おいしそうだ  読ませた   おいしそうだった        :    :         :      :             :    :         :      :        状態を表す形容詞文や名詞文では、現在形が現在を表しますが、多くの動詞 (動きの動詞)は現在形が現在を表しません。その点で、動詞文と他の基本述 語型とはテンスに関して基本的に違いがあります。  別の言い方をすれば、動詞の中の状態を表すものを形容詞や名詞述語と一緒 のグループにまとめ、それを状態述語と呼ぶことにすると、それと動きを表す 動詞との二つのグループに大きく分けられることになります。    ‐態述語(状態を表す動詞・形容詞・名詞述語)   ◆‘阿の動詞  テンスに関しては、この分け方がすっきりしていますが、やはり動詞文がい ちばん問題の多いところなので、名詞文・形容詞文は軽く触れる程度で、その あと動詞文について長く述べることになります。  なお、「現在形・過去形」という呼び方は、前に述べた「活用表」での「活 用形」の呼び方とは観点が違います。動詞がとりうる形というのは、派生形や その変化形を含めれば大変たくさんあるわけですが、それらを「カタチ」の点 から整理して見通しを付けてみたのが「活用表」のところの説明です。  それに対して、「過去形」というのはその形が表す意味の共通性によってい くつかの形にまとめてつけた名前です。「現在形」はそれに対立する形の名前 です。上の表を見ればわかるように、現在形の中に「基本形」や「マス形」や 「ナイ形」が並んでいます。「基本形の過去形」が「タ形」です。観点の違い によって、一つの形が違った名前で呼ばれることになります。

23.2 名詞文のテンス

 名詞文は、そのまま過去形にすると不自然になるものが多くあります。     ?これは本でした。     ?私は田中でした。(結婚して名前が変わった?) は明らかに変です。      これは(もともとは)私の本でした。(今は、違います) というならわかりますが。  はっきりと一時的な状態を示すような文なら、過去になります。      昨日は雨でした。      去年、私は高校生でした。 二番目の例の場合、「現在は違う」という意味合いがはっきり感じられます。  次の二つはどう違うでしょうか。      これは千円です。      これは千円でした。  二番目の文は、「先週東京へ行きました。これはその時買いました。千円で した。」のように、過去のことを思い出すような場合に出てくる形でしょう。 次の形容詞文の例と並行しています。      そのお寺はとても大きかったです。      そのお寺はとても大きなお寺でした。(今でも大きいのですが)  では、次の文はどうでしょうか。      先週の木曜日は20日です。      先週の木曜日は20日でした。  カレンダーを見ながら、「現在も変わらぬ事実」としてとらえれば現在形で すし、現在から振り返ってみれば、という意識になれば過去形になります。こ れは、初級教科書を編集する時の、一つの(小さな)悩みの種です。  過去から続いている状態の場合、例えば、   先週からずっと病気です/でした。 の違いは、「です」のほうは現在も続いている、そのまま、であるのに対し、 「でした」のほうは、何か変化があった、つまり病気が多少よくなったか、あ るいは不幸なことになくなってしまったとか、を示しているということです。

23.3 形容詞文のテンス

 形容詞の表す状態には、時と離れた性質を表すものが多くあります。それら は現在形で表されます。もちろん、現在の状態も現在形です。      地球は丸い。      空は青い。      彼女は外国人に親切です。      この机はずいぶん小さいです。      これ、おいしいね。  過去のある時の一時的な状態や、状態が変化したことを示す時、過去形が使 われます。      昼間、空は真っ青でした。夕方、空は真っ赤でした。      十年前、あの木はずっと低かったです。  形容詞で「−た」と言うと、現在は違うような意味合いを感じることがどう も多いようです。「状態の変化」を暗示するからです。           十年前、あの人はとてもきれいでした。(今はそうではない?)  ある時間の範囲を示して、その範囲内での状態を表す場合、過去形はごく自 然に使われます。現在の状態については何も言っていません。      昨日はとても忙しかったです/暇でした。(今日も/は・・・)  「今日も」として同じことを言っても、「今日は」として反対のことを言っ ても素直につながります。  また、次のような例もあります。      富士山はとても高かったです。  一般的な言い方では、「富士山は高いです」がふつうですが、学生が旅行に 行って、新幹線から富士山を見たという作文を書くと、上のようになります。 これは、「その時私が見た富士山は」というように解釈して、感覚形容詞に近 くなっていると言えるでしょうか。「高く感じた」という意味で。      地球は青かった。(ガガーリン)  感情・感覚形容詞は、一時的な状態を表すので、過去形を使うのはふつうの ことになります。      その時、とても悲しかった/痛かったです。      ああ、おいしかった!  現在形と過去形で微妙に違う例。      この3日間、とても暇でした。      この3日間、とても暇です。 現在形のほうは、まだ終わっていない、という感じがありますが、過去形のほ うは、一応「3日」が終わった感じです。

23.4 動詞文のテンス

 動詞文のテンスについては「5.動詞文」の初めのところでかんたんに述べま した。状態を表す動詞の現在形は現在のことを表わすこと。動きを表わす動詞 の現在形は今現在のことを表わすのではなく、現在の習慣や未来のこと、ある いはその時点での話し手の意志(意志動詞)を表わすこと。もう一つ、真理・ 法則などを表わす場合があることなど。ここでもう少しくわしく考えてみます。

[状態動詞]

 状態動詞の場合は、現在形が発話時の状態を表すことができますし、「いつ も」という場合でも、積極的には現在を示さないまでも現在を含んでいますか ら、時を示すことばがなくても、現在のことを表していると見なせます。未来 を表す場合は、それをはっきり示すことばが必要です。      私の両親は九州にいます。      私は5時までここにいます。  過去形は、過去の状態を表します。      先週、私は札幌にいました。  次の例は状態動詞で現在形と過去形の微妙な違いが現れる例です。      さっきからここにいたよ。      さっきからここにいるよ。  現在も「ここにいる」とするなら、この「いた」の意味合いは何でしょうか。 「いた」のほうは「さっき(過去)もいた」ことに重きがあり、「いる」のほ うは「今もいる」ことに重点があると言えます。  この、現在を含む過去形(いた)と、過去の時を含む現在形(いる)の問題 は、形容詞や名詞述語、つまり状態述語に共通した問題です。

[動きの動詞の現在形]

 動きの動詞の現在形は、過去形が表わす以外のことを表わします。現在形は もともと「現在」を表わすための形ではなく、動詞の基本的な概念を表わす形 で、それが過去形との対立の中で現在(と未来)を表すことになるのです。  現在形は特に時間に関して何かを表わすのではありません。その動詞の概念 そのもの(「歩く」なら、そのことばを聞いたときに頭に浮かぶ動作)を示す だけです。  それが、その文全体が表わそうとしている内容によって、いわゆる真理(現 在や過去という時間を超越)を表わしたり、現在の習慣を表わしたり、未来の こと、あるいは話し手の意志を表わしたりするのです。  時間に限定された意味を表す文は、その「時」をはっきり示すための言葉が よく使われますが、逆に言うと、時を示すことばがないと、文脈の支えがなけ れば、現在形それ自体ではいつのことかわからないということです。      12を4で割ると、3になる。  (数学的真理)      地球は太陽の回りを回る。    (自然科学的真理)      人は朝起き、夜眠る。   (生物学的性質) 人間は社会を作って助け合います。(社会的性質) 私は7時に起き、12時に寝ます。(個人的習慣)      まもなく電車が来ます。 (将来の事柄)      私は来年必ず留学します。(「必ず」が意志を表す)  将来の事柄は、それが確実に起こると話し手が考えていることに限られます。 そうでないことは、「〜だろう/でしょう」などの推量の表現によって表され ます。(→「38.推量・様子・伝聞」)      まもなく電車が来るでしょう。

[動きの動詞の過去形]

 それに対して、過去形は「その動詞の概念+過去」という限定された意味を 積極的に示します。 「歩く」と言っただけでは、習慣的なことか、これからのことなのか、いつ のことかはっきりしませんが、「歩いた」と言えば、それがすでに終わったこ とがわかります。つまり、「過去形」があることによって、「現在形」はそれ 以外の時を表すことになります。  そういう意味で、日本語の動詞のテンスの対立は「過去」対「非過去」と呼 ぶのがぴったりします。 12個のお菓子を4人で分けたら、一人3個になった。  過去の習慣も過去形で表せます。これもやはり、現在は終わっていることで す。      (その頃)私は7時に起き、12時に寝ました。

[過去形のさまざまな用法]

 さて、過去形はいわゆる過去のほかにも、「完了」を表わしたり、「発見」 「想起・確認」「命令」を表わしたります。「過去」は「テンス」の一つです が、他のものはテンスとは言い難いものです。では何かというと、「完了」以 外は「ムード」の一種と考えることになりますが、ムードの中での位置づけは はっきりしません。  「発見」というのは次のようなものです。      どこにあるのかなあ。あ、ここにあった! (発見)      いた、いた。こんなとこにいたのか。   ( 〃 )  「あった」と言い、「いた」と言っても、今も「ある」し「いる」のです。 初めの例は、      あ、ここにあるよ! と「ある」で言っても同じですが、「た」の方が「発見」という気持ちが強く 出るようです。  「想起(思い出し)・確認」というのは次のような例です。      明日の会議は2時からだった?      彼女のいなかは、和歌山でしたよね。      君、明日は暇だったよね。       そうだ、今日は会議が あったんだ/あるんだった。      この仕事はあなたがやるんでしたね。      お名前は、えーと、田中さんでしたっけ。  「想起」は話しことばで、名詞文に多く、動詞文の場合は「−んだ/のだ」 の形になることが多いです(この形は「複合述語」の一つで、「40.その他の ムード」でとりあげます)。つまり、状態述語の用法です。  最後の例の「−っけ」というのは、相手に確認する時に使われる終助詞で、 かなり親しげな感じのする話しことばです。  「命令」というのは、現在はあまり使われない言い方ですが、文法書ではな ぜか必ず出ています。ちょっと興味を引く用法だからでしょうか。      どいた、どいた!      さあ、買った、買った!  使える場面、人、動詞が限られています。「ぞんざいな命令」あるいは「差 し迫った要求」とも言われます。現在、すぐにそれをするようにせかす感じで す。単なる「命令」であれば      明日、行け。(行きなさい) のように、現在を離れた時のことも言えますが、この「−た」の用法では言え ません。     ×さあ、あした買った!  「完了」については、次の「24.アスペクト」で説明します。     「レポートはもう出しましたか」「はい、(もう)出しました」     「レポートはもう出しましたか」「いいえ、まだ出していません」    (「きのうレポートを出しましたか」「いいえ、出しませんでした」)  「−た」で聞いた質問に対する否定の答えに「−ません」という「現在の否 定」の形が出てくるところがミソです。どうしてこうなるのか、考えてみてく ださい。

23.5 「物語」の中のテンス

 テンスの基準となるのは、「発話時」つまりその文が実際に話された時です。 では、手紙や伝言など、書かれた場合はどうなるでしょうか。その場合は、そ の文が書かれた時がテンスの基準となります。      さっき、佐藤さんから電話がありました。私は彼のへやに行きます。      あなたも来て下さい。   3:20  加藤 という伝言を見た人は、この中のテンスの基準がいつか迷うことはないでしょ う。受け取るまでに何日かかかる手紙でも、基本的には同じです。  たとえ、誰がいつ書いたかわからない次のような伝言を道で拾ったとしても、      昨日、通知を受け取りました。明日出発します。 その書き手がある時(発話時)にこれを書き、「昨日」「明日」というのはその 日の前後の日である、ということがわかります。  それが現実のいつの日に当たるかは、言語と現実の関係の問題で、別の問題 です。言語としては、それが表すことになっている事柄が、確実に表せていれ ばよいのです。  しかし、小説などの「物語」となると、話は違ってきます。 下人は雨がやむのを待っていた。 という小説の一節で、「待っていた」という過去のテンスの基準となるのはい つでしょうか。作者がこの文を書いた時でないことは言うまでもありません。 それ以外の、ある「今」を考えつくこともできないようなテンスの用法です。  これは、書かれた文学作品だけでなく、例えば保育園で保母さんが「お話」 をする場合でも同じです。紙芝居をしながら、      きのう、弘くんは子猫を拾いました。 と言っても、この「きのう」は保母さんがお話をしている時(発話時?)の前の 日を指すわけではありません。  これらは「物語」としての約束事にもとづいて解釈されるのです。(この 「約束事」を正確に定義・説明するのは、また難しいことになりそうですが。) このような「物語」(詩歌やドラマのナレーションでも同じです)のテンスは、 発話時を基準としたテンスとは別のものですので、これ以上論じないことにし ます。  物語、あるいは「語り」のテンスの問題として考えておかなければならない のは、過去の事柄の話をしている中に表れる現在形、いわゆる「歴史的現在」 の問題です。 きのう、田中に会った。高校時代の友人だ。相変わらず元気だった。      いろいろ昔のことを話した。もう30年が過ぎたのだ。  この問題は、一つの文の問題ではなく、前後の文との関係が重要なので、こ れ以上はここでは扱わず、「連文」のところで考えることにします。

[論文の中のテンス]

 論文のテンス、と言うより、過去形の使われ方、と限定して言うべきでしょ うが、それについて考えてみましょう。例えばこの本のような、本来テンスな ど関係ないような本の場合です。  このような本でも、過去形が現れる場合があります。      この概念については、序章で説明した。      先ほどの例では、ハとガの違いには触れなかったが、・・・  これらは、時間的前後ではなくて、論を進めていく際の前後関係を表してい ます。  また、後で述べることを言う場合に、次のような未来を表す不確定な表現を 使うこともあります。      この問題については、最後の章で触れることになるだろう。 本当に原稿を順々に書いていくならこのような書き方もありえますが、校正 の段階では、後の章の原稿もすでにあるのですから、これは修辞的な表現と考 えるべきでしょう。 テンスの問題は、複文になるといっそう複雑な問題を引き起こします。それ らは「第3部 複文」の各章で説明します。

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