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26.複 合 動 詞
26.1 概観
26.2 アスペクト
26.3 方向
26.4 程度の強調
26.5 相互動作
26.6 その他
26.7 格助詞の支配
[補説§26]
26.1 概観
26.2 アスペクトを表す後項動詞
26.3 方向を表す後項動詞
26.3.1 V−出ス・出ル 26.3.2 V−カケル・カカル
26.3.3 V−アゲル・アガル 26.3.4 V−込ム・込メル
26.3.5 V−入レル・入ル
26.3.6 V-下ガル・下ゲル・降リル・降ロス・落チル・落トス
26.3.7 V−ツク・ツケル
26.3.8 その他 [回ル・回ス][渡ル・渡ス][返ル・返ス・換エル]
26.4 程度の強調 コム・イル・ツケル・カエル・ハテル・タツ・タテル・
キル・ヌク・トオス・ツクス・マクル
26.5 相互動作:V-合ウ・合ワセル
26.6 その他 [過ギル] [失敗]マチガウ・マチガエル・アヤマル・ソコネル・
ソコナウ・ソンジル・モラス・ノガス・ソビレル・ノコス・ワスレル
26.7 格助詞の支配
[補説§26]
§26.1 複合動詞の前項
§26.2 複合動詞の分類
§26.3 複合動詞の一覧
A 前項動詞から
B 後項動詞から
26.1 概観
複合動詞とは、動詞の中立形の後にもう一つの動詞がついて、全体として一
つの動詞のようになったものです。その「一語」のなりぐあいに違いがあり、
文法記述の枠内に入るものとそうでないものがあります。
二つの要素の前の方を前項、後の方を後項と呼ぶことにします。
まず、前項と後項がしっかり結びついて、本来のそれぞれの意味とは別の意
味の動詞となったものは、語彙の意味の問題になります。
例えば、「落ち込む」という動詞は、
彼は最近落ち込んでいる。
×彼は最近落ちている。
×彼は最近込んでいる。
その構成要素である二つの動詞、「落ちる」と「込む」のどちらの意味とも違
った新しい意味になっています。これはこれで一つの動詞として意味と用法を
覚えなければなりません。
もっとも、「落ちる」ということから、下の方への動きであり、「−込む」
でずっと中のほう、奥の方への動きだということがわかりますから、それが精
神的なものだということをしれば、おおよその意味がおぼろげに分かる、とい
うことはありますが。
それに対して、それぞれの動詞が元の意味を保ちながら複合して一語となっ
たものもあります。「焼き切る」という動詞は「焼く」「切る」それぞれの意
味が生きています。
ロープを焼き切った。
というのは、「焼いて切った」とほぼ近い意味です。もちろん、何かが違うか
ら、別の表現になっているのですが。
このような複合動詞の場合は、前項が後項の動作のやり方になっていますか
ら、前項の動詞が後項の動詞の意味を補っているとも言えます。
以上の二種類の複合動詞に対して、前項が本来の意味用法を保ち、後項が
補助動詞的な用法になったものが、文法的に興味あるものです。
そのような複合動詞の一部を、前に「24.アスペクト」のところで少しとりあげま
したが、その他にもたくさんあります。
アスペクト
食べ始める、走り出す、書き続ける、話し終える、降り止む、・・・
そのほか
話しかける、震え上がる、考え込む、抱きつく、書き直す、・・・
これらは、前項の動詞に対して後項の動詞が意味を付け加えるものです。つま
り、補助動詞的なものです。
複合動詞は、「V−ている」「V−ておく」など、「V−て」に接続する補
助動詞と比べると、前項に来ることのできる動詞は限られますが、後項の動詞
の種類はずっと多くなります。(「−ている」などのアスペクトを表すもの以
外の補助動詞については、「27. 補助動詞」を見てください。)
複合動詞の後項は、補助動詞に近い、生産性の高い(前項の動詞に対する制
限が少なく、いろいろな動詞と組合わさる)ものから、固定した組み合わせで
しか使われないものまでさまざまです。文法と語彙の意味用法との中間にある
ものと言えます。
また、「アスペクト」でとりあげた「かかる」のように、元の意味とは違っ
た意味で使われるものも多いです。以下では、生産性の高いものを中心に意味
別にざっと見てみることにします。
大きく分けると、アスペクト、方向、程度の強調、相互動作、その他となり
ます。
アスペクト・・・−始める、出す、かける、かかる、続ける、終える、
終わる、あがる、あげる、やむ
方向・・・−出す、出る、かける、かかる、あげる、あがる、込む、
込める、入れる、入る、下がる、下げる、降りる・降ろす、
落ちる、落とす、付く、付ける、回る、渡る、返る
程度の強調・・・−込む、いる、つける、返る、果てる、立つ、立てる、
切る、抜く、通す、尽くす、まくる
相互動作・・・−合う、合わせる
その他・・・−過ぎる、間違う、そこねる、漏らす、忘れる、直す
まず、前にとりあげたアスペクトを表すものを、もう一度別の観点から考え
てみます。次に、その中で他の意味にもなる「かける」「出す」などの多義性
の問題を考えます。それから、方向を表すものを少しくわしく見たあとで、程
度の強調、相互動作、その他のものをかんたんに紹介します。
26.2 アスペクトを表す後項動詞
前にとりあげたものをもう一度考え直してみます。
V−始める、出す、かける、かかる、続ける、続く、
終わる、終える、上げる、やむ
これらは、後でとりあげる他のものとは文法的に違った性質を持っています。
まず、前項に来られる動詞に対する制限が少ないことです。逆に言うと、多く
の動詞に付けることができます。それから、受身や使役などの形も前項に来る
ことができます。
押され 始める/かける
行かせ 続ける/終わる
また、他の複合動詞にさらにこれらの後項動詞を付けることもできます。
飛び降り/押し上げ/話し合い 始める/続ける
つまり、前項に対する制限が少なく、それだけ補助動詞化が進んでいるとい
うことです。
次に、これらの後項が付いた複合動詞の補語は、「−あがる」を除いて、前
項の動詞の補語と同じです。言いかえると、後項が付くことによる補語の変化
はありません。他の複合動詞では、補語を変える場合があります。
論文を書き 始める/かける/終わる/続ける
「−あがる」は別で、「モノが」という主体をとります。
論文がやっと書き上がった。
(人が)論文を書き上げた。
これは、「上がる」が自動詞であるということも関係しているようです。ア
スペクトを表す後項動詞はほとんど他動詞です。「終わる」は本来は自動詞で
すが、他動詞としても使われます。
では、これで試験を終わります。(試験が終わる)
これらの後項動詞の生産性が高いということを逆に言うと、その複合動詞が
辞書に載らないということになります。「食べ始める」を見出し語にしている
辞書はないでしょう。「−出す」も「食べ出す」は辞書になく、「飛び出す」
(「外へ」の意で)はある、ということになるでしょう。その意味でも、学習
者は、生産性の高いものほどしっかり覚えておく必要があります。また、複数
の用法を持つ「−かける・あげる・だす」などは特に注意が必要です。
26.3 方向を表す後項動詞
次に、方向を表すものをいくつかとりあげます。その中でも、アスペクトも
表す「出す」とその対になる自動詞である「−出る」をまず見てみましょう。
26.3.1 V−出す・出る
「−出す」は「開始」の意味を付け加える後項動詞としてすでに見ました。
もちろん、もともとの意味は
[人ガ][物ヲ](中から)(外へ)出す
という型で、「ものの外への動き」を表します。複合動詞の後項としても同様
の意味を表します。
ゴミを掃く
ゴミを(外へ)掃き出す
辞書を取ってください。
かばんから辞書を取り出して下さい。
「外へ」が表現されていなくても、「−出す」がつけ加わっていることで、動
作の方向性がはっきり示されています。「掃く」などの他動詞としての性格は
「掃き出す」となってもそのままです。
対応する自動詞の「−出る」は、後項動詞としては「方向」だけを表します。
「−出す」と同じ「外への動き」です。自動詞を受けます。
リンゴが袋から転がり出る
涙があふれ出る
「届け出る・申し出る」の「−出る」は、「公に」という意味合いでしょう。
同じ前稿動詞に「−出す・出る」の両方が付けられる場合もあります。
急に走り出した。
外へ走り出た。
これははっきり違いがあります。「走り出す」は「開始」で、「走り出る」
は「外への動き」となり、この場合は相補的に使われています。けれども、
目が外へ飛び出している/飛び出ている。
の場合は、どちらも「外への動き」で違いがありません。こういうところが日
本語学習者と教師を悩ませます。
なお、「−出す」が付いても自動詞であることは変わりません。
前項動詞も後項動詞も同じ、つまり同じ形の複合動詞でも、意味が多義であ
る場合があります。
「−出す・出る」の場合は、「−出す」がいくつかの用法を持っています。
例えば、「書き出す」には、「書き始める」に近い意味と、「何かから抜き出
して書く」という意味があります。
先生が説明を終えると、生徒たちはさっそく作文を書き出した。
この名簿から、九州出身者を書き出して下さい。
「問題点を書き出す」と言うとまた少し違って、「書いて示す」というような
意味合いです。
つまり、「−出す」は「書く」に「開始・外への移動・提示」などの意味を
それぞれ付け加えています。
ここで問題は、ふつうの日本人はどうしてそれぞれの違いが瞬時にわかるの
か、そして学習者はどうすればそれがわかるようになるのか、ということです。
後項動詞の用法によってとりうる前項動詞が違えば分かりやすいのですが、
上の例のように同じ動詞の場合は解釈が難しくなります。
考えられるのは、前後の文脈と、その文の中の他の部分が鍵になることです。
上の例で言うと、「開始」の「−出す」がわざわざ使われる文では、それに呼
応して「早速・すぐに・急いで・急に」などの時あるいは様子を表す副詞が現
れることが多くなります。それに対して「外へ」の場合は、「N(の中)から・
Nに/へ」のような形で移動の出発点と到達点が示されることが多いはずです。
また、「問題点」のような、見える形で存在していないものの場合は「提示」
の意味になる可能性があります。
個別の例を考えると、いろいろな例があります。「思い出す」は「心の中か
ら」の意でしょうが、新たな一語と考えてもいいでしょう。「考え出す」など
も考え合わせると、「出現」ということでまとめられるかもしれませんが。
古い話を持ち出さないで下さい。
の「持ち出す」も一語と考えられます。
親に黙って、家からお金を持ち出した。
とは違って、「持つ」の意味が失われています。
「呼び出す」は「外へ」ということが特にありません。
無線で7号車を呼び出して下さい。
「投げ出す」は「外へ投げる」「投げ始める」と「途中でやめてしまう」という別の
意味もあります。その他の「V−出す・出る」の例をもう少し。
打ち出す・生み出す・売り出す・貸し出す・聞き出す・差し出す・
作り出す・抜き出す・乗り出す・はみ出す・割り出す
浮き出る・突き出る・名乗り出る・願い出る・わき出る
26.3.2 V−かける・かかる
[−かける]
「かける」はアスペクトの表現として、動きの途中であることを表しますが、
もともとは、「壁に絵を掛ける」のような「[ところ] に [もの] をV」の型の
動詞ですから、そのような意味合いを前項動詞に付け加える用法があります。
例えば、
床に棒を立てる
×壁に棒を立てる
壁に棒を立てかける
のような例です。「−かける」が付いたために「壁に」という補語をとること
ができるようになりました。
また、「人が笑う」に対して、「人が人に笑いかける」では「人に」という
補語が増えています。多少無理のある説明ですが、
人に対して、「笑う」という動作を「かける」ことを表す
と言うことができます。
このように「−かける」という後項動詞は、その動作の向けられる方向(帰
着点)として「Nに」という補語を、前項動詞の補語の型に新たに付け加える
ことがあります。
人を押す 人の家に押しかける
道を歩く人を呼ぶ 道を歩く人に投票を呼びかける
人が働く 人が人に働きかける
人が物を持つ 詐欺師が人にうまい話を持ちかける
「押しかける」では「押す」の意味が薄れていますが、「Nを」と「Nに」
の違いに注意して下さい。「呼ぶ:呼びかける」でも格助詞の違いがあります。
「働きかける・持ちかける」はかなり違った意味になります。
「Nに」をとらない例。
人を追う 人を追いかける
この場合は意味的にかなり近いものです。
もともと「NにNを」の補語をとる前項動詞の例。
人に何かを話す 人に何かを話しかける
人に問題を問う 人に問題を問いかける
人に石を投げる 人に言葉を投げかける
次のような動詞は、一語と考えていいものでしょう。
仕掛ける・畳みかける・出掛ける・見かける・ひっかける
上にあげた「働きかける・持ちかける」なども前項と後項の意味を加えても
出てこないような意味になっています。「見せかける」「詰めかける」という
例もあって、この「−かける」の複合動詞はなかなか微妙な意味になります。
アスペクトの用法と紛らわしい場合が多くあります。
「あのね、・・・」と夫に話しかけた。(「子供ができたの。」)
「あのね、・・・」と夫に話しかけた。(が、そのまま黙ってしまった)
ご飯にふりかけを振りかけた。
「さよなら」と言って振りかけた手が止まった。
「ふりかけを振りかけかけてやめた」というのは不自然でしょうか。
[−かかる]
「−かかる」の動詞としての用法は、「NがNにかかる」ですので、後項動
詞としての用法も、主体自体の動作の方向を表し、「Nに」をとることになり
ます。
壁にもたれる 壁にもたれかかる
林に雨が降る 林に雨が降りかかる
?人に寄る 人に寄りかかる
×人に飛ぶ 人に飛びかかる
人を襲う/殴る/つかむ 人に襲い/殴り/つかみ かかる
「を襲う」が「に襲いかかる」に変化することに注意して下さい。「飛びか
かる」はむしろ「かかる(かかってこい!)」に「飛ぶ」がついた形と考えたほ
うがいいでしょう。
仕事にかかる 仕事に取りかかる
「第四コーナーに差し掛かりました」という例も同じように考えられます。
店の前を通る 店の前を通りかかる
は、アスペクトの意味とするかどうか微妙なところです。
「ふる」という動詞の場合、「(塩を)振りかける」、「(雨・災難が)降りかかる」
という違いがあります。
26.3.3 V−あげる・あがる
「−あげる」は前に「論文を書き上げる」のような「完成」の用法をとりあ
げました。元の意味はもちろん「対象を上方へ移動させること」で、
[ひと/もの]が [もの]を [所]から [所]に 上げる
という型をとる動詞です。
方向を表す後項動詞としては、
持ち上げる 押し上げる 引き上げる 投げ上げる
など、対象の移動のしかたを表す多くの動詞に接続します。これらの例では、
箱を持つ 箱を持ち上げる
ボールを上に投げる ボールを上に投げ上げる
のように、特に補語が変化するということもありません。
読み上げる 数え上げる
では「声に出して」という意味が加わります。「声/悲鳴を上げる」という動
詞としての用法に近いものです。
ほかに、「程度」を表す用法もあります。
刑事が容疑者を締め上げた。
という場合は、実際に「締めた」わけではないでしょうから、一語化していま
すが、この「−あげる」は「強く、徹底的に」という意味合いを添えるもので
す。
「−あがる」では「論文が書き上がった」というアスペクトの例がありまし
た。「仕上がる」も同じような用法ですが、こちらはもう一つの単語とみなし
ていいでしょう。「できあがる」も同様です。
方向を表す用法としては、
坂道を駆け上がる 崖をはい上がる
トランポリンで高く飛び上がる
立ち上がる 伸び上がる
などが動きの方向を表します。
程度を強調する用法もあります。
震え上がる 縮み上がる
以上の例のように、「−あげる」は他動詞に、「−あがる」は自動詞に接続
します。
「−あげる」には「上の方向への移動」と「完了」の意味があります。
荷物を引き上げた。
原稿を書き上げた。
「引き上げる」の「あげる」が「上へ」の意味になることは、「引く」が対
象の移動を表す動詞であることからわかります。それに対して「書く」には移
動の意味がありませんから、この「あげる」が動作の完了を意味していること
がわかります。
また、「引き上げる」には、「その場所から去る」という意味もありますが、
その場合は自動詞になるので、「荷物を」という対象がある上の例のような場
合とはそれによって区別できます。
会場から引き上げた。
26.3.4 V−込む・込める
「出す・出る」の「外への動き」に対応する「中への動き」を表す動詞は、
ふつうは「入る・入れる」でしょうが、複合動詞としてよく使われるのは「込
む」です。「混雑する」という元の意味とは少しずれていますが。
荷物を中(のほう)に押す 荷物を中に押し込む
引き込む 投げ込む 放り込む 呼び込む 書き込む
駆け込む 転げ込む 乗り込む 入り込む 吹き込む
「書き込む」までは「NがNを」で、他動詞の「入れる」に近く、「駆け込
む」以下は「NがNに」になり、自動詞の「入る」に近い意味になります。つ
まり、「−込む」は自他両方の用法を持っています。
これらの例では、前項動詞が元々「N(の中)に」という補語をとりうるので、
格助詞の変化はありません。
人を殴る やくざが他の組に殴り込む
では、「人を」が「所に」に変わります。
程度を表す用法があります。「投げ込む」の場合、「ゴミ箱に〜」のような
動きの方向のほかに、「野球の投手が毎日百球投げ込む」のような程度の強調
にも使えます。
学生に動詞の変化を教え込む
学生が例文を覚え込む
などは、多少「頭の中に」という意味合いが残っているでしょうか。それでも
「そのために努力する」という意味合いがあります。
人にめんどうな用事を頼み込む
効果的な教え方について考え込む
つい夜中まで話し込んでしまった。
なども「強く・深く・長く」などの意味があります。
格助詞の使い方で、「教え方を考える」ですが、「×教え方を考え込む」と
は言えません。なぜかはわかりませんが。同様に「その問題を話す」ですが、
「その問題について話し込む」でしょう。
「座り込む・寝込む」の「−込む」は何でしょうか。「長く」から、「動か
ない」という意味が生まれるのでしょうか。「使い込む」も元々は「たくさん」
の意味から「不正に」の意味が出てくるのでしょう。
「−込める」は「中に入れて出さない」意味が生まれます。
閉じ込める 塗り込める 封じ込める 降り込める
「ドアを閉じて」、中に「人を閉じこめる」ことになります。ちょっと独特
の表現です。「雨が降って」、というのも独特です。「言い込める」「やりこ
める」は相手の気力を外に出させないことでしょうか。「引っ込める」は「引
き込める」の音変化ですが、相手の前に出さないということでしょう。ほかに
「きりが垂れこめる・立ちこめる」という表現もあります。
26.3.5 V−入れる・入る
「−いれる」は「−込む」と同じように、「中への動き」を表しますが、な
ぜか「−込む」より接続しうる動詞の範囲が狭いようです。
パソコンで「データを読み込む/書き込む」と言いますが、「×読み入れる」
は言いませんし、「書き入れる」はパソコンの場合は使えません。
呼び入れる 引き入れる 投げ入れる 書き入れる
乗り入れる 取り入れる 聞き入れる
はじめの4語は「−込む」と同じような意味ですが、あとの3語は違います。
電車に乗り込む
私鉄と地下鉄が乗り入れる
洗濯物を取り込む
農作物/新しい技術 を取り入れる
古いレコードを聞き込む おもしろい情報を聞き込んだ
学生の意見を聞き入れる
もっとも、こういう違いは一語一語覚えるしかなく、文法の問題とは言えま
せんから、いくつか例を挙げるだけにしておきます。
「−いる」は、「−いれる」に対応する形ですが、動詞の自他の対応「はい
る:いれる」とは、なぜかずれています。
攻め入る 押し入る
などの動きを表す用法より、抽象的な意味や程度の強調の用法が多くあります。
(人に)取り入る (ある状態に)おちいる
(他人事に)立ち入る (弱点に)つけいる
(事情が)込み入る
聞き入る 感じ入る 恐れ入る 食い入る
寝入る 恥じ入る
「立ち入る」は「立入禁止」という表現でよく使われます
26.3.6 V−下がる・下げる・降りる・おろす・落ちる・落とす
「上がる・上げる」の反対語はいくつかあります。
「−下がる」は意外に生産性が低く、いくつかの前項動詞しかありません。
飛び下がる 引き下がる 垂れ下がる
「飛び下がる」は「下へ」ではなく、「後ろへ」です。「引き下がる」は具
体的な動きより、態度を表すことが多いでしょう。「下へ」の意味では、「垂
れ下がる」のほかは「ぶら下がる」ぐらいです。「ぶら」はもちろん動詞とは
言えません。「食い下がる」は別の一語です。
「−下げる」も数は少なく、
引き下げる 取り下げる つり下げる 押し下げる
ぐらいで、「取り下げる」は「やめる・取り消す」意味で、「見下げる」は精
神的な事柄に変わっています。
「−降りる」は、
駆け降りる 走り降りる 滑り降りる 飛び降りる
など、「下へ」という意味合いが生きています。「舞い降りる」の「舞う」は
比喩的になっています。
「−おろす」は「−下ろす」と表記することになります。「−下す」とする
と、「−くだす」です。まったく漢字はめんどうです。
打ち下ろす 引き下ろす 吹き下ろす 振り下ろす
投げ下ろす 見下ろす 書き下ろす
書き下す 読み下す 飲み下す 見下す
「書き下ろす」は「新たに」という意味がありますが、他は「下へ」の意味
です。「見下ろす」はもちろん「下の方を」ですが。「見下す」は自分より下
だと見なして軽蔑することです。
「−落ちる」も「下へ」の意味が生きています。
崩れ落ちる こぼれ落ちる 転げ落ちる 滑り落ちる
「生まれ落ちる」のは「この世へ」でしょう。「焼け落ちる」は「崩れる」
意です。「ずり落ちる」という言葉はよく使われますが、「ずる」という動詞
はほとんど使われません。
「−落とす」は「下へ」の意味と、「すべきことを抜かしてしまう」意があ
ります。
打ち落とす 切り落とす そり落とす 叩き落とす
突き落とす 払い落とす 引きずり落とす 振り落とす
などは「下へ落ちるようにする」という意味を付け加えています。
言い落とす 書き落とす 聞き落とす 見落とす
などは「それを抜かす、忘れる」という意味です。
「引き落とす」には「銀行口座から引き落とす」という使い方もあります。
26.3.7 V−つく・つける
「−つく」には「付く」と「着く」のがあり、まさに「付着」という意味を
表します。その中で注意すべきは、「Nを」の補語を「Nに」に変えてしまう
場合です。
(を)追う (に)追いつく
(を)かむ (に)かみつく
(を)抱く (に)抱きつく
(を)焼く (に)焼きつく
などの例があります。「抱く」は「腕に抱く」という言い方がありますが、そ
れと、「腕に抱きつく」場合では主体が違います。
犬が人の腕をかむ 犬が人の腕にかみつく
父が子を腕に抱く 子が父の腕に抱きつく
その他の、
巻きつく 寄りつく すがりつく 吠えつく
などはもともと「Nに」をとる動詞に「−つく」が付いたものです。
どれも方向性・付着、そしてそこから離れない、という意味合いを付け加えます。
他の例を少し。
居着く 住み着く 焦げ付く 凍り付く
寝付く 落ち着く 考えつく 思いつく
それぞれ一つの新しい動詞と考えた方がいいでしょう。
「−つける」は、「付ける」が基本的意味です。ある動作によって「付け」
ます。「NにNをV」の型になります。この「Nに」は「−つける」によるも
のではなく、もともと「Nに」をとる動詞です。
塗りつける 結びつける 巻き付ける 据え付ける
「取り付ける」は「取る」のほうが元の意味を失っています。
「付けた」結果動かない、ということから程度の強さを表します。「Nに」
がある場合と、「Nを」だけの場合があります。
売りつける 送りつける 貸し付ける
買い付ける 受け付ける 呼びつける
踏みつける 締め付ける
言いつける にらみつける 叱りつける
「−つける」にはもう一つの意味があります。「慣れる」に近い意味です。
その動作が「身について」いるということでしょうか。
食べつける 扱いつける 着つける やりつける
これらの動詞は「V−ている」の形で使われるのがふつうです。
「かかりつけの医者」という言い方はよく使われます。
26.3.8 その他
動きの方向を表す後項動詞は他にもあります。以下かんたんに紹介します。
[V−回る・回す]
「あちこちを回るように」という意味を付け加えます。
自・他+回る 犬が駆け回る 付近を見回る
他+回す スターを追い回す 車を乗り回す 周りを見回す
[V−渡る・渡す]
「ずっと遠くまで、あるいは全体に」という意味と、「人に渡す」意味とが
あります。
自+渡る 鐘が響き渡る 空が澄み渡る/晴れ渡る 品物が行き渡る
他+渡す 景色を見渡す/眺め渡す
人に荷物を投げ渡す 家を売り渡す/明け渡す 退学を言い渡す
[V−返る・返す・換える]
「元の状態に戻る・戻す」または「逆の方向への動き」を表します。
自+返る 生き返る 跳ね返る
他+返す 送り返す 突き返す 取り返す 追い返す
「相手と同じ動作を相手に対してもう一度する」という意味合いがあります。
問い返す 押し返す
「見返してやる」というとずいぶん違う意味合いになります。
「単に同じ動作をもう一度する」
聞き返す 読み返す 思い返す
繰り返すことから、程度の強調になります。次の節でとりあげます。
同じ「V−かえる」でも、「V−換(替)える」は別の意味です。
取り換える 置き換える 買い換える 書き換える
張り替える 塗り替える
26.4 程度の強調
アスペクト・動きの方向と並んで、後項動詞の重要な用法の一つに「程度の
強調」があります。方向を示す後項動詞の中にも、この用法を持つものがいく
つかありました。
V−こむ 考え込む 頼み込む 話し込む 老い込む
V−いる 恐れ入る 恥じ入る
V−つける 叱りつける 踏みつける
他に、
V−かえる 静まり返る あきれ返る
V−はてる 困り果てる 疲れ果てる
V−たつ 燃え立つ 煮え立つ 沸き立つ
V−たてる 書き立てる 並べ立てる 飾り立てる 騒ぎ立てる
V−きる 困り切る 弱り切る 信じ切る わかりきる
V−ぬく 走り抜く 耐え抜く がんばりぬく 困り抜く
V−とおす やり通す がんばり通す 黙り通す 押し通す
V−つくす やりつくす 言い尽くす 知り尽くす
V−まくる 書きまくる 食べまくる 言いまくる
などがあります。それぞれ、前項動詞としてとれる動詞に偏りがあり、学習者
にとっては迷惑な話です。これらの中には、その動詞の元の意味に近い用法を
持つものがあり、どちらの用法かわかりにくいものも多くあります。
例えば、「踏む」を前項動詞とすると、
踏み込む 踏みつける 踏み切る 踏み抜く 踏みまくる
などの複合動詞があり、それぞれがどういう意味になるかは辞書を調べなけれ
ばわかりません。
26.5 相互動作:V−合う・合わせる
[V−合う]
相互動作を表すもの。これはボイスの一種と見なされることもあります。二
つの動作が一つの文にまとめられます。補語の型によって、細かな違いがあり
ます。
AがBを愛する BがAを愛する
→AとBが(お互いを/に)愛し合う (「AがBと」も可)
抱き合う 助け合う 憎み合う 殴り合う
知り合う 誉め合う 見つめ合う
相手を動作の対象とする場合です。「お互いを」は動作の対象ですが、「お
互いに」とすると動作の様子を表すことになります。以下の例では「お互いに」
が使えます。
Aが意見を述べる Bが意見を述べる
→AとBが(互いに)意見を述べ合う
(優勝を)喜び合う
(互いの肩を)たたき合う (名前を)呼び合う
これも「Nを」ですが、他の名詞を対象とします。
「Nに」の場合。
AがBに教える BがAに教える
→AとBが教え合う (「AがBと」)
もたれ合う 指輪を贈り合う 添い合う
(犬が)ほえ合う
もともと「Nと」の場合。
AとBが競う
→AとBが競い合う (「AがBと」)
競り合う
「(人と/に)つき合う」「釣り合う」「(店が人で)込み合う」などは単独の動
詞と考えたほうがいいでしょう。
これらの複合動詞の主体は、「AとBが」「AがBと」の形だけでなく、複
数の主体を表す名詞でももちろん可能です。
二人は愛し合っている。
生徒たちは互いに不得意なところを教え合った。
人々は互いに助け合って生きている。
[V−合わせる]
「AとBが合う」に対して「CがAとBを合わせる」という対応があります。
それが複合動詞の後項となると、次のような文型を作ります。
CがAとBを混ぜる
→CがAとBを混ぜ合わせる (「AをBと」も可)
重ね合わせる 比べ合わせる 結び合わせる
AとBの関係としては「AとBが混ざり合う」ことになります。
CがAを(Dに)盛る CがBを(Dに)盛る
→CがAとBを(Dに)盛り合わせる (「AをBと」)
詰め合わせる
CがAをBに貼る CがBをAに貼る
→CがAとBを貼り合わせる (「AをBと」)
別の主体である「C」がなく、AとBだけの関係でも使われます。
AがBを待つ BがAを待つ
→AとBが待ち合わせる
「×待ち合う」といってもよさそうなものですが、そうは言いません。
Aが(Bの)顔を見る Bが(Aの)顔を見る
→AとBが顔を見合わせる
これは「見合う」とも言えます。
「参加を見合わせる」という場合は、相互動作ではありません。
それぞれが自動詞の場合。
Aが電車に乗る Bが(同じ)電車に乗る
→AとBが同じ電車に乗り合わせる
同じ会場に居合わせる
その他に「AとBを引き合わせる」「AとBを照らし合わせる」などの形も
あります。
26.6 その他
複合動詞は以上の他にもいろいろなものがあります。そのほんの一部を以下
にとりあげます。
[V−過ぎる]
「−過ぎる」は形容詞などとも複合する点で、注意すべき後項動詞です。意
味は「必要以上に/我慢できる以上に 多く/強く・・・する/である」です。
しすぎる 食べすぎる 言いすぎる 誉めすぎる
誉められすぎる 食べさせすぎる
大きすぎる 寒すぎる 濃すぎる なさすぎる
暇すぎる きれいすぎる おおざっぱすぎる
子どもすぎる(名詞につくのは例外的)
ゆっくりすぎる のんびりすぎる
かまわなさすぎる つまらなさすぎる
「−ない」の形に続く場合の形は揺れがあります。
本を読まなさすぎる 読まなすぎる
また、どこにかかるかという点でも注意が必要です。
速く歩きすぎる
の意味は、「歩きすぎる」のではなく、「速すぎる」のです。動詞の修飾語が
ある場合、その修飾語の表す程度が「−すぎる」ことになります。
「過ぎる」という動詞の元の意味「ある地点を越えて行く」という意味が生
きている複合動詞もありますから、区別しなければなりません。
行きすぎる 通りすぎる 走りすぎる
これらはみな移動の動詞です。
[失敗]
後項動詞の中には、なぜか動作の失敗に関するものが多くあります。
V−間違う・間違える 言い間違う 見間違う 乗り間違う
V−誤る 言い誤る 見誤る 書き誤る 読み誤る
V−そこねる・そこなう もらいそこねる 食べそこねる
V−損じる し損じる 書き損じる 取り損じる
V−もらす 聞き漏らす 書き漏らす 言い漏らす
V−のがす 見逃す 聞き逃す 取り逃す
V−そびれる 言いそびれる 出しそびれる もらいそびれる
V−残す やり残す 取り残す
V−忘れる 書き忘れる 消し忘れる 入れ忘れる
そうなってしまったら、もう一度やるしかありませんが、そのための複合動
詞は1種類しかありません。
V−直す 言い直す やり直す 見直す 考え直す
「−忘れる」は、上の他の後項動詞と同じように「V−することを忘れる」
意味と、「置き忘れる」のように「置いて、そのまま忘れる」という使い方も
あります。「見忘れる」も、「見るのを忘れた」「見たが、もう忘れた」の二
つの意味があります。
「見損なう」「見直す」は、上の「失敗」の意味とはまた違った意味にも使
われます。
「お前を見損なったよ」
「いや、見直した。この前は失礼」
「−うる/える」と「−かねる」は「25.4 可能」でとりあげました。
以上の他にも、多くの後項動詞がありますが、ここまでにしておきます。さ
らにくわしいことは参考文献を見てください。
26.7 格助詞の支配
アスペクトに関する複合動詞ではあまり問題にならなかったことですが、複
合動詞の一つの問題として、補語の格助詞を支配するのは、前項動詞か後項動
詞かという問題があります。例を見てみましょう。
アスペクトの複合動詞では、前項の補語がそのまま使われます。言いかえる
と、後項は補助動詞化していて、アスペクトの意味を加えるだけで、補語には
影響しません。
けれども、方向を表す「V−かかる」の例で、
彼は突然相手に殴りかかった。
の場合、「殴る」は本来「人が人を殴る」のように「Nを」という対象をとり
ますが、「−かかる」がつくと、上の例のように「人に」となります。これは
「−かかる」が補語に影響しているわけです。
人を呼ぶ 人々に呼びかける
も「Nを」とる動詞が、「−かける」と複合することによって「Nに」をとる
複合動詞に変化しています。
犬が人を噛む 犬が人に噛みつく
の「V−つく」も同じような例です。さらに、
城を攻める 城に攻め込む
という「V−こむ」もあります。
これらの複合動詞は特に注意しなければなりません。
参考文献
この章は、次の研究によるところが非常に大きいです。
姫野昌子1999『複合動詞の意味用法と構造』ひつじ書房
須田義治1995「動作の始まりを表す「しだす」と「しはじめる」の違いについて
−類義語の理論的な考察の試み−」『日本語学科年報』17東京外国語大学
桑原文代1998「変化の開始を表す「〜はじめる」」『日本語教育』99
呉鐘烈「局面動詞について−「〜始める」と「〜出す」形の副詞的修飾成分との
共起関係を中心に−」不明・紀要
塚本秀樹1897「日本語における複合動詞と格支配」『言語学の視界』大学書林
寺田裕子2001「日本語の二類の複合動詞の習得」『日本語教育』109
仁田義雄1998「相互構文を作る「Vシアウ」をめぐって」『阪大日本語研究』10大阪大学
浜田奈穂子2001「局面動詞「しかける」について」『日本研究教育年報』5東京外国語大学
姫野昌子1975「複合動詞・「〜つく」と「〜つける」」『日本語学校論集』2
東京外国語大学附属日本語学校
姫野昌子1987「複合動詞」『B-2 日本語の文法(2)』(日本語教師養成通信講座
テキスト)アルク
松本曜1998「日本語の語彙的複合動詞における動詞の組み合わせ」『言語研究』114
森田良行「日本語の複合動詞について」
山本清隆1984「複合動詞の格支配」『都大論究』21東京都立大学
山本清隆1992「複合動詞辞書 複合動詞結合情報付き動詞辞書作成の試み」『ソフト
ウェア文書のための日本語処理の研究−11』情報処理振興事業協会技術センター
李[日景]洙1996「日・韓両語における複合動詞「-出す」と「- 」の対照研究」
『日本語教育』89