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             37. 希 望                  
    
                                                                      
            37.1  V−たい
                      37.2  V−てほしい
                        37.3 願望
37.1  V−たい
  37.1.1 形の変化              
  37.1.2 人称制限              
  37.1.3 Nヲ/ガ              
  37.1.4 V−タクナイ          
  37.1.5 V−タカッタ          
  37.1.6 疑問文の制限          
             
 希望の表現には、話し手自身の行動・状態に関する表現である「V−たい」
と他者に関する「V−てほしい」があります。まず、「V−たい」について考
えてみます。
37.1 V−たい(です) 
 基本的に動詞の中立形に接続する表現です。まれに、形容詞・名詞述語にも
使われますが、かなり硬い、書き言葉的な表現になります。どちらも形式動詞
「ある」を使って、イ形容詞は「A−くある」、ナ形容詞・名詞述語は「NA/
N−である」となり、「−たい」が接続します。
     私は大学へ行きたいです。         
     私はあの会社で働きたくないです。     
     冷たいビールが飲みたいです。
     何かおいしいものが食べたいですねえ。   
     彼女の誕生日に何かいいものをあげたいのですが。
     あの窓を開けたかったのですが、手が届きませんでした。
 以下はイ形容詞、ナ形容詞、名詞述語の例です。
     常に清くありたい。
     誰に対しても公平でありたいと思っているのですが。
     私は指導者であるよりも、単なる一運動家でありたい。
     cf.いつも元気でいたい。 (→「27.3 N/Na−でいる」)
 
37.1.1  形の変化
 「たい」は希望を表す複合述語を作る接辞で、それ自身はイ形容詞のように
変化します。否定形は「V−たくないです」「V−たくありません」の二つの
形があります。
                          │                                          
     V−たい    │(です)                 
     V−たくない  │     (V−たくありません)      
     V−たかった  │                     
     V−たくなかった│     (V−たくありませんでした)    
                          │                                          
 また「たい」の後ろにも様々な表現が付けられます。
     V−たい でしょう/らしいです/と思います/時/人    
37.1.2 人称制限
 まず注意すべきことは、「V−たい」の主体は平叙文では一人称(私、私た
ち)に限られるということです。疑問文では2人称だけが使えます。感情形容
詞と同じです。
     あなたはどこへ行きたいですか。
     この会社で働きたいですか。
     冷たいビールが飲みたいですね。  
 「ね」は同意を求める用法で、「私はそうですが、あなたもそうでしょう?」
という意味合いです。
 主体が限られているということは、言わなくてもわかる、ということですか
ら、「私」や「あなた」は(他と特に区別したいとき以外は)言わないほうが
ふつうです。
 3人称の希望を表わしたいときは、「V−たい」を次のような形にして使い
ます。
     彼は大学に行きたがっています。 (−がる)
     彼は大学に行きたそうです。   (−そうだ)
     彼は大学に行きたいらしいです。 (−らしい)   
     彼は大学に行きたいのです。   (−のだ)    
 「〜そうです」「〜らしいです」「〜のです」の意味については、それぞれ
の項目の説明を見て下さい。「−がる」については、感情形容詞と同じような
用法になります。
 3人称で「V−たい」がそのまま使われるのは次のような特別な場合です。
   小説のような特別な文体で(書き手は人の心の中のことを書ける)
     彼は東京を離れたかった。
   連体節などの中で
     彼女には、したいことがありました。
     これを見たい人は手を上げてください。
     人は、したいことをし、したくないことはしないものだ。
     彼女が会いたいのは私ではなく、あなたです。   
37.1.3 「NをV−たい」と「NがV−たい」
 もう一つ重要なことは、他動詞の「NをV」が「NがV−たい」に変化する
場合のあることです。上の例では、「ビールが飲みたい」「何かおいしいもの
が食べたい」がその例です。日常よく使われる例でそうなっているので、それ
が基本のように思う人が多いのですが、そうでない例はたくさんあります。
 初めの例の「彼女にいいものをあげる」や「まどをあける」などでは、「N
が」にするとかえって不自然でしょう。
    ?彼女の誕生日に何かいいものがあげたいのですが。
    ?あの窓が開けたかったのですが、手が届きませんでした。
 その他の「Nを」のほうが自然な例。
     困っている人を助けたい。
     今日はこの問題をお話したいと思います。
     壊れているテレビを早く修理に出したいのですが。
     この問題を早くかたづけたい。
 逆に、「Nが」が自然なのはどういう場合かということについては、いろい
ろ研究があるようですが、人によって語感も違い、どうもはっきりしません。
37.1.4 「V−たくない」
 否定の形の意味について一言。「たい」は希望の表現ですが、「たくない」
は何の表現といったらいいでしょうか。言い換えると、「希望しない」ことの
表現でしょうか、それとも「しないことを希望する」表現でしょうか。
     あの人と会いたくない。           
     あの人と会いたくはない。        
     あの人とは会いたくない。   (他の人ならいい)
     あの人とは特に会いたくない。      
      (「会いたい」という希望が特にない)   
     あの人とは絶対に会いたくない。  
      (「会わない」ことを強く希望する)         
 初めの「会いたくない」もかなり強い否定のように感じられます。
37.1.5 「V−たかった」
 過去の形で文を終えると、「したかったが、しなかった(できなかった)」
という意味になることが多いです。 
     あの試合はぜひ見たかった(んですが)。
     あの試合は君にも見せたかったなあ。
     私は高校時代は、科学者になりたかった。
 もちろん、文脈によりますし、複文の一部となればまた違います。
     中学の時から、数学者になりたかったので、数学ばかり勉強した。
けっきょく数学者になれたかどうかは、この文からはわかりません。
37.1.6 目上への疑問文の制限
 目上の人の希望を聞こうとしてこの形を使うと失礼になることがあります。
    ?先生は私のうちに来たいですか。
 これは敬語の問題ではありません。尊敬語にしても不自然です。
    ?先生は私のうちにいらっしゃりたいですか。
  相手の希望を聞くのが失礼なのではなく、その希望が実現できるかどうかを
話し手が左右できる場合、失礼になるのです。つまり、「おまえの希望をかな
えてやってもいいぞ」と(心の中ででも)言い得るような場合です。
     先生は南極に行ってみたいですか。
と聞いたりするのは、特に失礼ではありません。話し手によって実現が左右さ
れないからです。
37.2 V−てほしい(です)
 
 「V−たい」の場合、Vの主体は必ず「たい」の主体、つまりそれを望んで
いる人と同じわけですが、それが違う場合、つまり他の人がすることを望む場
合は、この「V−てほしい」で表されます。この「ほしい」は、単独では感情
形容詞の一つで、
     (私は)ああ、金が欲しい。
のように対象としての「Nが」をとりますが、ここでは動詞のテ形に接続する
補助形容詞として働いています。それ自体の変化はイ形容詞と同じです。
   来て ほしい/ほしくない/ほしかった
 「V−て」の主体は、「Nが」でそのまま示されるか、「ほしい」という希
望の向けられる相手として「Nに」で表されます。
     人が 人に V−てほしい
     正直に言うと、君がこの仕事をやってほしい。
     正直に言うと、君にこの仕事をやってほしい。
 次のように言うと、どちらも消えてしまいますが、はっきりはしています。
     田中さん、ちょっと手伝ってほしいんだけど。
 上のように直接聞き手にたいして言うと、実質的には依頼の表現となります。
(→「31.依頼」)
     あなたにこの仕事をやってほしいと思っています。       
 このような形だと、実際は間接的な依頼にもなりますが、一応は話し手の希
望を述べていると言えるでしょう。
 第三者の場合、
     これを彼に調べてほしいんだけど、今いるかなあ。
     これは会社の方で調べてほしいねえ。
 自然現象に対して使うと、希望、または期待の表現になります。
     早く暖かくなってほしいなあ。 
     一雨来てほしい所ですねえ。
 「やりもらいの動詞」の「V−てもらう」に「たい」をつけた形、「V−て
もらいたい(です)」が、この「V−てほしい」のより柔らかい言い方に当た
ります。直接的に「ほしい」と言わずに、「もらう」を使って、相手の恩恵に
よるものであることを示しているからです。
 ただ、「−たい」という一方的な希望であることには変わりないので、丁寧
とは言えません。さらに丁寧にすれば、「V−ていただきたい(です)」にな
ります。そして、「〜のですが」のように文末をあいまいにします。
     この原稿はあなたに書いてもらいたいと思っています。
     これは、ぜひ君にやってもらいたい。
     ちょっとこちらへ来ていただきたいのですが。
     先生にもご参加いただきたいのですが。(参加してほしい)
 否定の形が二つあります。
   A しないでほしい  しないでもらいたい  しないでいただきたい
   B してほしくない  してもらいたくない  していただきたくない
 Aのほうが否定の気持が強いと言われますが、どうでしょうか。言い方、イ
ントネーションによるところが大きいとは思いますが、Bのほうがえん曲に聞
こえるのは確かでしょう。
     もう二度と来ないでほしい。
     もう二度と来てほしくない。
          あまり来ないでいただきたいのですが。
     あまり来ていただきたくないのですが。
37.3 願望
 「願望」を「希望」と区別してたてることにします。違いは、起こりそうも
ないこと、事実に反することを願う点です。
 これまでにも、願望を表す表現がありました。否定疑問、「V−てくれる」、
仮定表現「V−ば」「V−たら」、それに終助詞「なあ」などの組合せが使わ
れます。どこまでを「願望」というムードとして認めるかは議論の余地があり
ます。
 ここでは広めにとっておきます。
     早く夏休みにならないかなあ。
          頼む、4−6、来てくれ! (競馬)
          明日、晴れてくれないかなあ。
          あと千円あればなあ。
     こんな時、君がいてくれたらなあ、と思う。
          ここでうまいお茶があるといいんだがナア。
     あんな奴、死んじまえばいいんだ。
 最初の例で、「?早く夏休みになるかなあ」では、願望になりません。否定
疑問の形であることが重要です。
  「雨よ降れ、風よ吹け」を命令ととるか、あるいは願望、祈願とするかは解
釈しだいでしょう。それでも、上の例の「4−6、来てくれ!」を依頼とする
のはちょっと無理でしょう。
  
 
参考文献
庵功雄1995「ガ〜シタイとヲ〜シタイ−格表示のゆれに関する一考察−」
『日本語教育』86	
庵功雄1995「ガ〜シタイとヲ〜シタイ」宮島他編『類義上』くろしお出版
大石久美子1996「「〜(し)たいですか?」に代表される願望伺いについて−オースト
ラリア英語母語話者と日本語母語話者の接触場面での問題」『日本語教育』91	
奥田靖雄1986「まちのぞみ文(上)」『教育国語』85むぎ書房
花薗悟1997「希望形式の過去−「〜したかった」の文について」『日本研究
教育年報』1997東京外国語大学