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[補説§6]
§6-1 補語の立て方
§6-2 益岡・田窪の2冊の比較
§6-3 益岡・田窪「格助詞」本文の検討
§6-4 「主語否定論」メモ
§6-1 補語の立て方
補語の立て方は本によってかなり違います。この本では比較的素朴な、わか
りやすい立て方をしたつもりですが、どうだったでしょうか。他の本を読むと
きのために、多少補いをしておきます。ここは「補足説明」ですので、わから
ないところがあってもかまいません。読み飛ばしてください。
A.「主体」はかなり大まかなものです。もう少し狭くして、「動作主」とか
「仕手(して)」という名前で、意志的な動作、あるいはもう少し広く一般の動
きの主体を示すことがよくあります。「動作主」と対立するのは「経験者」
で、「階段から落ちる」とか「人が驚く」という場合の「Nが」です。意志
的な動作ではないからです。あとの例を「感情の主体」として「動作主」と
は別にすることもあります。
さらに意味中心の立て方をすると、「ガラスが割れる」などの「Nが」を
「対象」とする考え方になります。「ガラスを割る」の「Nを」と一貫した
名付けをしようというわけです。実際の場面では「ガラス」の「役割」は同
じで、「割る」か「割れる」かは表現者のとらえ方の違いだと考えるからで
す。世界の言語の中には、このような「ガラスが」と「ガラスを」を同じ形
で表す言語があるそうで、そのような言語を含めて、世界の言語の構造を統
一的に説明しようとする場合、魅力的な分析法になるわけです。
B.「対象」を「Nを」だけに限ることがあります。そうすると、この本で
「対象」とした「Nに」は「相手」などと呼ぶことになります。「相手」は
基盤の怪しい補語で、「到着点」などと一緒にしてしまったほうがすっきり
するのかもしれません。
C.この本では、補語を考える際に三つの点を考慮しました。
どんな格助詞を使うかということ。「Nが」「Nを」など。
述語に対してどんな意味関係かということ。「主体」「対象」など。
その名詞自体の意味分類を考えること。[ひと][もの]など。
これとは違った考え方もあり得ます。特に、をどの程度考慮するか、どこ
まで細かく分けるかでずいぶん違ってくるでしょう。
D.この本では文の基本構造を「補語−述語」と考えましたが、それを
主語−(目的語)−述語
とする考え方があります。主語とは「Nが」で、目的語とは「Nを」と、対
象・相手の「Nに」です。格助詞の中で特に「が、を、に」を重要視して、
他の格助詞とは別扱いをするのです。
「主語」は英語の文法などでは特別に重要なものです。英語で、疑問文の
作り方(You will〜:Will you〜)や、いわゆる「三単現の -s (do:does)」
などさまざまな文法現象を考えると、その重要性がわかります。
しかし、日本語ではそれほど重要なものではありません。文には必ず主語
がある、(特別な例外や「省略」は別として)という主張がありますが、そ
れは、述語の主体が意味的に必要なだけであって、文法的(構文論的)には
それほど重要ではない、という反論があります。
「主体」のところで紹介した「Nで」や「Nから」をどう考えるか、「対
象」の「Nが」や、「部分」「側面」の「Nが」はどう扱うか。また、ある
種の「Nに」を「主語」に入れるべきだという論もあり、「主語」とは何か、
というのはかなり議論のある問題です。
この本では「主語」ということばを使いませんでした。日本語では、文の
成り立ちを知るために重要なのは「主語」よりも「主題」です。概念のはっ
きりしない「主語」を使わず、形としての「Nが」と、意味的な「主体」の
二つを使って説明してきました。それでかえってわかりにくくなったところ
もあるかもしれませんが。
E.補語に関して「役割」という言い方をしましたが、専門用語としては「格」
という言葉がよく使われます。「格助詞」の「格」です。この用語の使い方
には諸説あり、めんどうなので使わないことにしてしまいました。!
ここで、「補足」という形で少し説明しておきます。まず、補語の「形」
として「格」という用語が使われます。「Nが・Nを」などをそれぞれ、
ガ格、ヲ格、ニ格、ヘ格、デ格、カラ格、・・・
と呼ぶこともあります。
そのような形だけの呼び名でなく、文法的な役割を含んだ呼び名として、
主格、目的格/対象格、与格、位(置)格、方向格、具格、・・・
という呼び方もあります。「与格」というのは「相手」の「に」などで、位
格というのは「所に」です。「人にコトがデキル」などの「に」も位格とさ
れます。「具格」というのは「道具・手段」の「で」です。
それから、もっと意味的な格の立て方もあります。「主格」を分解して、
「動作主格」「経験者格」としたりします。この考え方については、前にも
触れました。
意味的な格は細かい違いを言いやすいので、説によって、「に」や「で」
など用法の多い格助詞の用法をいくつに分けるかがかなり違ってきます。
F.基本述語型の述語は、いくつかの補語をとりうるわけですが、同じ種類の
補語をとることは非常にまれです。同じ種類の補語は、一つの述語に対して
一つだけ、という原則があると考えられます。仮に「同格一個の原則」(三
上章による)と呼んでおきます。
例えば、次の文はまちがいです。同じ種類の補語が二つあるからです。
×リンゴをみかんを食べた。
×銀行へ郵便局へ行った。
このような場合、同じ種類の補語は「と」などで結んで一つの名詞句にし
ます。そうすると、補語としては一つになります。
リンゴとみかんを食べた。
銀行と郵便局へ行った。
次のような例はあり得ます。
まずリンゴを、それからみかんを、最後にいちごを食べた。
この場合は、一つの動詞「食べた」に三つの補語があるのではなく、
まずリンゴを食べ、それからみかんを食べ、最後にいちごを食べた。
の二つの動詞「食べ」が省略されているものと考えます。もちろん複文です。
「まず・それから・最後に」という副詞が示すように、これらは三つの、別
々の動作(事柄)を表していますから。これらの副詞を省いて、
リンゴを、みかんを、(そして)いちごを食べた。
とすることもできなくはありませんが、かなり修辞的な文体という感じがし
ます。それにしても、やはりかっこの中の「そして」はあった方がいいでし
ょう。この「そして」によって起こった事柄の順番が示されています。
G.場所の「で」のところで、「で」が重なる例がありました。
その問題は、この本では第二章で扱っています。
この場合、「本で」のほうを「範囲」としました。ちょっと問題の残る解決
法かもしれません。「この本の第二章」という関係の二つの名詞の場合は、
同じ種類の補語が二つ、でもいいのかもしれません。
時の補語の場合も、似たようなことが起こります。次の例を見てください。
(1990年3月6日に、ある珍しい放電現象が北海道で観測された。)
1991年には、3月1日と9月9日に同じような現象が起こった。
この「には」はどう考えたらいいでしょうか。「時」以外ではありえませ
んから、やはり同じ補語が二つ使われている、としか言えません。「同格一
個の原則」の例外です。「原則」には例外がつきものです。
H.次の例もちょっと考えさせられました。
へびは体が長い。
「長い」に対して、「へび」も「体」も主体と言えそうです。この二つの名
詞は「へびの体」という「部分の関係」にあります。このような場合のため
には、前にも述べたように、「側面」という補語をたてておきます。それで
問題解決なのかどうかは怪しいです。
法律はこれを遵守すべし。
このような「これを」は例外扱いするしかありません。
I.抽象的な方向・移動
主体の対象に対する動作も、抽象的な移動と考え、主体から発し、対象にと
毒ものと考えると、出発点・到着点として解釈することができます。同じ意味
で、原因も出発点になります。時間の始点と終点も同じ枠の中で考えると、ほ
とんどの(必須)補語が「初め」と「終わり」と見なすことができます。
初め 終わり
動作の方向 主体 対象・相手
人が 物を 壊す
(働きかけ)
人が 人に 物をあげる
(対象の移動)
因果関係 原因 結果の事実
地震で 停電に なった
時 始点 終点
2時から 3時まで 勉強する
3時で 止める
場所 駅から 家まで 歩く
しかし、ここまで抽象化することは、この本のような記述的文法には必要の
ないことかもしれません。
J.最後に、名詞文の「主体」について。これについては、結局、どう考えた
らいいかわかりません。動詞文の主題は、補語が「主題化」されたものと言
えますが、名詞文の場合は最初から主題で、「Nが」が「Nは」に主題化さ
れたものとは、どうも考えにくいのです。
形容詞文の場合は、性質や感覚の持ち主としての「主体」という補語を考
えることができます。その場合の格助詞は「が」しかありません。
「名詞述語」というのも、あらためて考え直すと、ちょっと怪しいところ
があります。別の分析の可能性としては、「だ」が二つの名詞を補語のよう
なものとしてとる、という分析が考えられます。その場合でも、この二つの
名詞の役割は、動詞文や形容詞文の補語とはかなり違ったものと考えるべき
でしょう。
§6-2 益岡・田窪の2冊の比較
益岡隆志と田窪行則は
『基礎日本語文法 改訂版』(1992)
の中の「補足語」の章で「格とその主な用法」として「ガ格」から「ヨリ格」までの
用法を解説しています。
また、
『セルフ・マスターシリーズ3 格助詞』(1987)
では「格助詞の基本的用法」として「が」から「まで」の用法を解説しています。
で、その二つの解説が微妙にずれているのです。
以下に、それぞれの要約と、二つを比較してその違いをかんたんに述べたものをの
せておきます。考え方が変わったということなのか、あるいは「補足語」から考えた
場合と、「格助詞」から考えた場合では、整理の結果がちがってくるということでし
ょうか。
◇益岡・田窪『基礎日本語文法 改訂版』(1992)
「補足語」の章から p.74-
「格とその主な用法」
ガ格 動きや状態の主体
状態の対象
ヲ格 動作や感情を向ける対象
移動の場所
移動の起点
ニ格 人やものの存在場所
所有者
移動の着点
動作の相手
鈴木さんは、思い切って高津さんに相談した。
叔父は花子に小遣いを与えた。
動作の対象
花子は親に泣きついた。 (方向性を持つ動作)
私に遠慮しないでください。 (対人的態度)
我々は信頼の回復に努めなければならない。
(物事に対する態度)
状態の対象
太郎は皆に親切だ。 (対人的態度)
私はこの記録に満足だ。(物事に対する態度)
花子は数字に強い。 (能力を表す形容詞)
原因
移動動作の目的
事態の時
カラ格 移動の起点
受け取りの動作の相手
花子は叔父から小遣いをもらった。
移動の起点としての動作の主体
鈴木さんにはあなたから伝えてください。
時の起点
出来事の発端としての原因
つまらないミスから計画が暗礁に乗り上げた。
判断の根拠
原料
ト格 共同動作の相手
太郎は花子と再会を約束した。
鈴木さんは高津さんと離宮公園に行った。
対称的関係における相手
この問題はあの時解いた問題と同じだ。
デ格 出来事・動作の場所
道具・手段
材料
原因
範囲
限度
100人で募集を打ち切る。
基準
3枚で500円なら買います。
動作の主体
後は私たちでやります。
ヘ格 方向・目的地
マデ格 移動の終わる場所
事態の終わる時
ヨリ格 比較の相手
時の起点
益岡・田窪『セルフ・マスターシリーズ3 格助詞』(1987)
「格助詞の基本的用法」(p.4-7)
が 動作・変化・状態の主体
状態述語の対象
を 動作・作用の対象
移動の経路・動作の場所
期間
楽しい時間を過ごした。
起点
に 具体物・抽象物の存在位置
失敗の原因は資金不足にある。
所有者
動作や事態の時、順序
山田が最後に着いた。
動作主
私にはそれはできない。
彼にこれをやらせよう。
先生に叱られる。
着点
変化の結果
受け取り手・受益者
子供にお菓子をやる。
恋人に指輪を買う。
相手
恋人に会う。
田中さんに聞く。
父親に金をもらう。
対象
親に逆らう。
提案に賛成する。
試験の結果に失望する。
人間関係に悩む。
目的
原因
寒さに震える。
酒に酔う。
へ 方向・目的地
と 共同動作の相手・一緒に動作する者
友達と会う。
花子と結婚する/けんかする。
次郎と一緒に買物に行く。
関係の相手
以前と違う。
大学卒業と同程度の学力。
変化の結果
雪が雨となる。
で 動作・出来事の行われる具体的・抽象的な場所
彼の提案は三つの点で間違っている。
彼の計画ではこの問題は扱われていない。
手段・道具
原因
材料
範囲・限度
30人で締め切る。
三つでやめる。
3時間で読み終わる。
様態
裸足で歩く。
大声で叫ぶ。
一人で暮らす。
自分でやる。
動作主
から 起点
時間
場所
動作主
その件は私から彼に伝える。
経由点
ドアがしまっていたので窓から入った。
原因・理由・判断の根拠
風から肺炎を引き起こす。
不注意から事故を起こす。
別の観点から考える。
雲の具合から判断すると明日は雨だ。
原料
より 比較・選択の対象
彼は私より金持ちだ。
車で行くよりも地下鉄で行ったほうが早い。
難しいというより、不可能に近い。
場所、時間の起点
限定
死ぬより外に方法がない。
待つより仕方がない。
まで 動作・出来事が終わる時間・場所
係りまで申し出る。
「から−まで」の形で、範囲を表す
◇両者の違い(「基礎」と「マスター」)
ガ・ヲ
ガ格とヲ格は2冊とも似たようなもの
「マスター」のヲには「期間」があることが違う。
ニ
所有者、移動の着点は同じ
原因、目的も
時に、「マスター」では「順序」が加わる。
場所では、「マスター」に「抽象物の」という区別がある。
また、「存在場所」と「存在位置」の違いは小さいか。
対象はほぼ同じ。「マスター」は動詞ばかりだが、「基本適用法」の一覧では
なく、本文で形容詞の対象を扱っている。「資料」のヘ゜ーシ゛も参照。
相手は、「マスター」に「カラ」と類義の「〜に もらう」がある点が注目。
「マスター」の「受け取り手・受益者」は「基礎」にはない。たぶん、「相手」
に含まれる。
「マスター」の「動作主」「変化の結果」は「基礎」にはない。なぜ?
カラ
起点は同じ。時・場所を分けるかどうかだけ。
原因・根拠も分けるかどうかだけ。
動作の主体はどちらにもあるが、「基礎」の「移動の起点としての」と
はかなり複雑な規定。
「マスター」に「基礎」の「受け取りの動作の相手」はない。「に もらう」
の「相手」を認めたのだから、「から」も「相手」とすればいいのでは。
「マスター」の「経由点」は「基礎」にない。
ト
「基礎」は共同動作に「といっしょに」を含める。
「(対称的)関係の相手」は共通
「マスター」には変化の結果がある。
デ
道具・手段、材料、原因は共通
動作主もどちらにもある
場所は、「マスター」では「抽象的な」がある。
「基礎」の範囲は「日本では」だが、「マスター」の範囲は限度と同じか。
「日本では」は「マスター」では本文にある。(p.53「状況が成立する場所」日本
では握手はあまり一般的ではありません。)
限度は共通。「マスター」は時間も。
「基礎」には基準がある。
「マスター」の「様態」は、「基礎」の「補足語」ではないということだろう。
ヘ
方向・目的地は共通。
マデ
終わる場所・時は共通。
「マスター」には「カラ-マテ゛」の「範囲」がある。
ヨリ
「マスター」にいろいろある。
起点では場所を立てる。
比較では「選択」をたて、「相手」ではなくて「対象」とする。
「限定」を立てる。
比較と限定では動詞を受けている。つまり複文。
◇『文法ハンドブック』から
詳しくは「1.文型の概観」の補説を見てください。比較のため、ここにコピーします。
§2.格助詞 2.意味に重点が置かれる格
▽例文と初めの方の解説は省略します。次のカッコの中は原文です。
(注意したい似た意味の表現のところで、「=に2」は「に」の2の用法と意味が同
じで置き換えも可能なことを、「△から2」は、「から」の2の用法と一部置き換え可
能なことを、「×に1」は「に」の1の用法と似ているが置き換え不可能なことを表し
ます。また「* 」は中上級編の項目を示します。)
意味 前に来る名詞 例 似た表現
を 1通過する場所 場所 橋を渡る・公園を走る △で1
2経過する時間* 期間 夏休みをハワイで過ごす
3離れる対象 場所・乗り物 港を離れる・バスを降りる △から1
4動作の方向* 方向・〜の方 下を向く・彼の方を見る
に 1存在場所 場所 図書館に新聞がある ×で1
2到着点 場所・〜のところ イタリアに行く △まで
私のところに来てください
3受け手 人 妹に本をあげる
4変化結果 状態 信号が赤に変わる
5移動の方向 場所・〜の方 大阪に向かう・私の方に来る
6出どころ 人 父に本をもらう・先生に聞く △から1
7時間 時間 5時に起きる
8割合の分母* 期間・量 3日に1度・50人に1人
へ 1到着点 場所 京都へ5時に着く =に2
2方向 場所・〜の方 大阪へ向かう・私の方へ来る
で 1場所 場所 図書館で勉強する ×に1
2材料 材料 紙で人形を作る △から2
3手段・道具 道具 パソコンで書類を作る
4原因・理由 出来事 大雪で電車が止まる
5範囲 期間 1日で仕事を終える
6まとまり 量 一人で夕食を食べる
7内容* 内容(〜のこと) 進学のことで先生に相談する
と 1共同動作の相手 人 田中さんと映画を見に行った
2異同の対象 人・物 本物と似ている・実物と異なる
から 1起点 場所・時間・人 家から駅まで歩く・家から出る △を3
朝から晩まで働く
その話は田中さんから聞いた △に6
2材料 材料 ワインはぶどうから作られる △で2
3変化前状態 状態 信号が赤から青に変わる
4判断の根拠* 判断材料 調査結果から考えると…
5遠因* 出来事 火の不始末から火事になる △で4
より 比較の対象 大阪は名古屋より大きい
まで 着点 場所・時間 家から学校まで歩く △に2
朝から晩まで働く
(p.20-21)
▽この分類と、上の「基礎」と「マスター」の比較の結果とを比べると、また違いが
いろいろ見つかります。
これが最善、という用法分類は(まだ?)ないようです。いちおうの分類をした後の
残りは、分類にこだわるより、一つ一つ、そういう意味の用法だ、ということでいいの
ではないでしょうか。
§6-3 益岡・田窪『格助詞』本文の検討
上で引用したのは、最初にのせられている「基本的用法」のみです。
この本の本文にあたるのは「本篇 類似表現の比較」と名づけられた部分です。
それを少しずつ見ていきたいと思います。
益岡・田窪『格助詞』(1987)から
「本篇 類似表現の比較」の検討 ([1]から[34]まである)
(解説部分のみ引用。例文、文型提示などは省略)
[1]
窓が開く。
窓を開ける。
1-1 変化するものをガで表す動詞とヲで表す動詞がある。
1-2 変化するものをガで表す「開く」、「倒れる」のような動詞を自動詞といい、ヲ
で表す「開ける」、「倒す」のような動詞を他動詞という。日本語には、形の違う
自動詞と他動詞の対が多い。
1-3 このような動詞については、自動詞の形、他動詞の形を対にして記憶し、それ
に基づいてガとヲを使い分けるようにすればよい。
(p.10)
▽これが本文の最初の説明。「変化」を表す動詞が説明の中心になる。
「変化するものをヲで表す動詞」という規定は、その動詞の「本来の」意味を示し
ていない。「開ける」の「窓を」が「変化するもの」であることはその通りだとして
も、では、その場合のガ格「人が」は何なのか。「本篇」の前に置かれた「格助詞の
基本的用法」にあるとおり、「動作・変化・状態の主体を表す」つまり「(変化を引き
起こす)動作の主体」である。
「開ける」は、その主体の動作を表す、というのが普通の説明だろう。それを、こ
こではあえて「変化するものをヲで表す動詞」と言っている。
[2]
2-1 動作の対象は、一般にヲで表される。
2-2 可能(能力)、所有、必要の意味を表す動詞は、対象をガで表す。(以下略)
2-3 可能(能力)、所有、必要の意味を表す形容詞(いわゆる「形容動詞」を含む)
も、対象をガで表す。この種の形容詞には、「上手だ」「下手だ」「得意だ」「苦
手だ」「うまい」「多い」「少ない」「ない」「必要だ」などがある。
(p.12)
▽ここは「対象のガ」の説明。
その前提として、「動作の対象は、一般にヲで表される」という説明がある。
ここで問題になるのは、[1]での
変化するものをガで表す動詞とヲで表す動詞がある
という説明の意味である。
「格助詞の基本的用法」で、「が」は
動作・変化・状態の主体を表す
と説明されている。
すると、上の[1]の説明は、
変化するものを主体ととらえ、ガで表す動詞と
変化するものを対象ととらえ、ヲで表す動詞がある
ということになる。
[3]
3-1 動作の対象をヲで表す動詞の中には、人の感情を表す動詞も含まれる。
この種の動詞には、「好む」「すく」「嫌う」「恐れる」「悲しむ」「楽しむ」
「哀れむ」「憎む」「恋する」「なつかしむ」「うらやむ」「ほしがる」などがある。
3-2 これに対して、人の感情を表す形容詞は、対象をガで表す。この種の形容詞
には、「好きだ」「嫌いだ」「ほしい」「怖い」「恐ろしい」「うれしい」「悲しい」
「楽しい」「苦しい」「いやだ」「あわれだ」「憎い」「恋しい」「なつかしい」
「うらやましい」などがある。
▽感情動詞をきちんと扱っているのはよいことだ。
[4]
4-1 2-3、3-2で述べたように、能力、所有、必要、感情の意味を表す形容詞は、対象
をガで表す。
4-2 これに対して、対象をニで表す形容詞も多い。(中略)
対象をニで表す形容詞の具体例については、資料1を参照のこと。 (p.16)
[5]
5-1 動作の対象は、一般にヲで表す。
5-2 これに対して、動作の対象をニで表す動詞もある。(中略)
対象をニで表す動詞の具体例については、資料2を参照のこと。 (p.18)
注「耐える」、「頼る」など一部の動詞は、対象をヲとニのどちらでも表すことができる。
[6]
6-1 人の感情を表す動詞には、対象をヲで表すものと、ニで表すものがある。
6-2 対象が人に一時的感情を持たせる原因になる場合、その対象はニで表される。
この種の動詞の具体例については、資料3を参照のこと。
6-3 一方、能動的・持続的な感情の場合には、対象をヲで表す。
この種の動詞の具体例についても、資料3を参照のこと。
[8]
8-1 共同でおこなう動作における相手は、一般にトで表される。
8-2 動詞の中には、基本的に共同動作を表すもの(二者が相互に同じ動作をおこなうこ
とを表すもの)がある。この場合も、動作の相手はトで表される。基本的に共同動作
(相互的動作)を表す動詞には、
結婚する 見合いする 離婚する 別れる 会う 会見する
協議する 打ち合わせる 相談する 交際する 交渉する 話し合う 語り合う
争う 戦う 勝負する けんかする 仲直りする 仲良くする
契約する ぶつかる 衝突する
などがある。
8-3 一方的な動作(非相互的動作)の相手(すなわち、動作を向ける相手)は、ニで表
される。
8-2で挙げた動詞の中で、
会う 会見する 協力する 相談する 交渉する ぶつかる 衝突する
は、非相互的動作も表すことができる。
9-1 「対称的関係」を表現する場合、関係する相手はトで表す。対称的関係を表現する
述語には、
(i) 「類似性」を表す「等しい」「同じだ」「一致する」「似る(似ている)」
「そっくりだ」「同様だ」「紛らわしい」など、
(ii) 「相違性」を表す「異なる」「違う」「逆だ」「反対だ」など、
(iii) 「関連性」を表す「関係する」「関連する」「関わる」など、
(iv) 「無関連性」を表す「無関係だ」「無縁だ」など、
がある。
注 「関連性」「無関連性」を表す表現には、「関係がある」「関係がない」
「関係が深い」のような、「関係」という語を含む慣用句が多い。
9-2 「類似性」「関連性」「無関連性」を表現する場合、関係する相手をニで表すこと
もできる。
注 「類似性」を表現する述語の中で、「同様だ」と「紛らわしい」は、ニを取れな
い点で例外となる。
(tuduku)
資料1 対象を「ニ」で表す形容詞の類型
1)対人的態度を表すもの
優しい、親切だ、冷たい、意地悪だ、従順だ、冷淡だ
2)物事に対する態度を表すもの
無関心だ、敏感だ、熱心だ、むとんちゃくだ、乗り気だ、慎重だ、懐疑的だ、
うるさい、辛い、細かい、正確だ、積極的だ、消極的だ
3)対人的または物事に対する態度を表すもの
甘い、厳しい、批判的だ、忠実だ、満足だ、不満だ、賛成だ、不賛成だ、反
対だ、夢中だ
4)対人的感情を表すもの
申し訳ない、面目ない、悪い、すまない (本文:恥ずかしい)
5)能力を表すもの
強い、弱い、もろい、巧みだ、堪能だ、不案内だ、明るい、暗い、詳しい、
うとい
6)必要性や有効性を表すもの
必要だ、いりようだ、有意義だ、不可欠だ、欠かせない、不必要だ、便利だ、
不便だ、好都合だ、不都合だ、有利だ、不利だ、有効だ、有益だ、よい、悪い
7)適・不適の意味を表すもの
ふさわしい、不似合いだ、不向きだ (本文:似つかわしい)
8)その他
乏しい、特有だ、共通だ
(p.24)
「資料2 働きかけの対象を「ニ」で表す動詞の類型」
1)方向性をもつ動きを表すもの
吠える、もたれる、触れる、触る、飛びつく、かみつく、泣きつく、すがりつく、
しがみつく、追いつく
2)対人的態度を表すもの
からむ、くいさがる、ほれる、恋する、同情する、謝る、遠慮する、なつく、習う、
仕える、お辞儀する、ご馳走する、味方する、孝行する、働きかける、呼びかける
3)物事に対する態度を表すもの
励む、打ち込む、こだわる、耐える、親しむ、熱中する、凝る、溺れる、ふける、
慣れる、携わる、従事する、努める、努力する、備える、関わる、関係する
4)対人的または物事に対する態度
憧れる、頼る、感謝する、従う、負ける、敗れる、逆らう、はむかう、たてつく、
立ち向かう、勝つ、学ぶ、尽くす、服従する、奉仕する、反対する、抵抗する、干
渉する、抗議する、対抗する、答える、依存する
5)認知を表すもの
注目する、着目する、気づく(気がつく)、注意する
6)その他
影響する、作用する、利く、違反する、間に合う、遅れる (p.24-25)
▽「概説」本文では「ニ格」の扱いが不十分でした。
この表の中の動詞をもっとのせるべきでした。どこまでのせるか、ヲ格をとるものを
どうするか、などが問題です。
上の動詞の中には、「謝る」「習う」のように、「人にものを」の形になるものや、
引用の「ト」をとるものもあります。著者はその辺のことをどう考えているのでしょ
うか。
資料3 「ヲ」を取る感情動詞と「ニ」を取る感情動詞
1)ヲを取る感情動詞
好む、すく、恋する、嫌う、悲しむ、喜ぶ、楽しむ、恐れる、心配する、憎む、
惜しむ、うらやむ、ねたむ、うらむ、悔いる、恥じる、哀れむ、なつかしむ、
ほしがる、いやがる、恐がる、かわいがる
2)ニを取る感情動詞
おどろく、びっくりする、はっとする、ぎょっとする
おびえる、うろたえる、ろうばいする、困る、恐縮する、迷惑する、当惑する、
おろおろする、びくびくする
怒る、かっとなる、いらいらする
感動する、感激する、感心する、興奮する、酔う、沸く、うっとりする
失望する、あきれる、がっかりする
安心する、満足する、ほっとする
悩む、迷う、苦しむ、こりる、飽きる
§6-4 「主語否定論」メモ
「主語」についての考え方に関するメモです。いわゆる「主語否定論」をめぐってはい
くつかの考え方があります。以下は私の個人的なとらえ方によるものです。
0 日本語にも「主語」はもちろん存在する。 (「主語」肯定論)
0-a 英語と日本語の「主語」は、基本的に共通する概念であり、言語の普遍的
な性質を示している。
0-b むろん、言語による違いもあるが、それは本質的な問題ではない。
0-c 日本語では「名詞+が」が主語を示す。その名詞が「主題化」された場合
は「〜は」になる。
0-d 「私は果物が好きだ」などの「果物が」は主語ではない。目的語である。
ある種の述語は、この「目的語を示すガ」を要求する。
0-e 「〜は」は「主題」であり、「主語」を示す形ではない。「〜は」は「主
語」でない場合も多い。
1 英語などの「主語」と日本語の「主語」は(非常に)違った性質のものだ。
(日英「主語」異質論)
1-a 英語には英語の「主語」があり、日本語には日本語の「主語」がある。
1-b だから、その性質の違いによく注意することが必要である。
1-c その違いがわかっていれば、日本語文法で「主語」という用語を使うこと
はかまわない。 (こう考える文法研究者は多い)
1-d 日本語で「主語」という用語を使うと、誤解されやすいので、使わないこ
とが望ましい。代わりに、たとえば「主格」などの用語を使うのがよい。
(こう考える人も多い。私はここ。)
2 日本語には「主語」というものはない。 (「主語」否定論)
2-a 日本語の文法で「主語」という用語を使ってはいけない。
2-b 「主語」という用語は、英語などいくつかの言語だけに使える用語で、世
界の言語に共通するものではない。
2-c 「主語」を日本語の文法で使う人は、日本語の文法がわかっていない。
3 日本語に「主語」と呼べるものはあるが、英語とはその位置づけが違う。
3-a 世界の言語には、「主語優位型」の言語と「主題優位型」の言語がある。
3-b 英語は「主語優位型」であり、日本語は「主題優位型」である。
(英語にも「主題」はあり、日本語にも「主語」はある。)
(「言語類型論」の言語学者の言い方)
それぞれの内部でもいろいろと人によって考え方が違います。
ここに大まかにまとめた以外の考え方もいろいろあると思います。
6.補語のまとめへ
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